20数年前、北海道ニセコアンヌプリの神々しい紅葉に絶句しました。
「大雪山の紅葉が終わったら、次は鮮やかなニセコが必見だぞ」と北海道在住20年の下山先輩が薦めるので、早速家内と出かけました。しかし当日は生憎の曇天で、折角の紅葉がくすんでいてがっかりでした。 そのまま神仙池に向かっていると、突然雲の切れ間から一筋の光がさし白樺の大木を照らしました。それはあたかも『神様の降臨!』と思わせる神々しい風景でした。私達夫婦は『美しい日本に生まれて本当に幸せだ!』という幸福感に包まれました。その後も何回かニセコに出かけましたが、あのような感動的な光景は77歳のいままで、二度と遭遇することはありませんでした。
この絵は「写真に撮れなかったあの神々しい光景の絵をかきたい!」とずっと思い続け、10年後にあの感動を思い起こしながら色鉛筆で描いたものです。もちろん実物には遠く及びません。
この時は、絶句して見とれて運転していましたが、「そうだ、写真、写真!」と車を止めてカメラを向けた時には、あの神々しさは去り、普通の紅葉風景になっていました。それがこの写真です。
人生には、二度と会えない素晴らしい瞬間があります。世界的山岳写真家の白川義員氏が生前述懐していたのは「マッターホルンのモルゲンロートの感動」です。
白川氏が若い頃、リッフェル湖からの黎明マッターホルンを撮影しようと訪れた時、この世のものとは思えぬ深紅のモルゲンロートに出会い写真を撮るのも忘れて呆然と立ち尽くしたそうです。ハッと気が付きカメラを向けると、感激の瞬間は去っていました。白川氏は、あの感動の一瞬を撮影しようと、その後6年間マッターホルンに通いましたが、二度とあの凄いモルゲンロートには出会えませんでした。
そして比較的うまく取れた一枚を発表し、世界中が感動してマッターホルンに熱狂する人が増えました。それでも白川氏は『最初に出会ったモルゲンロートに比べたら足元にも及ばない。それほど凄い瞬間だった』と述懐されていました。
1.
主峰ニセコアンヌプリの雄姿
ニセコ高原と裾野は、北海道で手軽に行ける鮮やかな紅葉の名所です。ニセコの短い錦秋はすぐ終わり、やがて全山雪に覆われて、絶好のスキー場へと変身します。
ニセコアンヌプリは、約70万年前から約25万年前に活動した火山で、安山岩質の溶岩流を繰り返し噴出しました。 25万年前以降は活動は見られず、その後はチセヌプリやニトヌプリ、イワオヌプリなどに活動の場が移動しています。
2.
ニセコ奥座敷『神仙沼』
『神仙沼』は、その神秘的な雰囲気が神々や仙人の住むような場所だということから命名されました。発見は昭和初期で、日本ボーイスカウトの生みの親・下田豊松氏一行が青少年心身修養道場地を求めて訪れた際に発見されました。独特の青色、静寂に包まれた水面に湿原性アカエゾマツが逆さに映り、岸辺には水草が茂っています。まるで別世界に来てしまったかのような感覚に陥ります。
まさに「神々の遊ぶ庭園」です。ずっと大事にしたい日本の宝物です。しかし近年、日本人よりも中国人が観光バスで大挙押し寄せ、SNSでも中国語の投稿を頻繁に見かけ、いずれ荒らされるのではないか・・と危機感を抱いていました。幸いコロナ禍、ウクライナ侵略・台湾恫喝で中露が孤立、中国バブル崩壊で神仙沼は静けさを取戻しています。神々や仙人が住みたもう尊い自然を守るために『これからも傍若無人の隣国客人の来訪はお断りしたい!』と私は願っています。
3.神仙沼の池塘
北海道の尾瀬ヶ原というところでしょうか。背景の山はチトセヌプリ1134m
4.ニセコのパノラマライン
5. 同じくニセコのパノラマライン
主峰ニセコアンヌプリの雄姿とその裾野に広がる鮮やかな紅葉の絶景、『本当にここは日本?』と疑うような素晴らしい景色が続きます。 もう暫くすると全山雪に覆われて、絶好のスキー場へと変身します。
ニセコアンヌプリは、約70万年前から約25万年前に活動した火山で、安山岩質の溶岩流を繰り返し噴出しました。 25万年前以降活動は見られず、その後はチセヌプリやニトヌプリ、イワオヌプリなどに活動の場が移動しています。
6. ニセコ連山
左奥から羊蹄山(1898m)、手前の双耳峰がニセコアンヌプリ(1308m)、その手前の頂上が白い山が一番新しい火山のイワオヌプリ(1116m) こうしてみると、ニセコ連山は、東西(奥から手前)に走る断層に沿って生まれた兄弟火山だという事が良く分かります。
7. 双耳峰のニセコアンヌプリ
ニセコアンヌプリは見事な双耳峰です。手前の滝のように見えるのは、硫黄分を多く含んだ火山噴出物です。
紅葉が終わりかけた頂上近くは、シラカンバ・ダテカンバの幹や小枝が白く光ります。これから厳しい雪の季節になり、6か月後の春の芽吹きまで静かな眠りにつきます。
8. ニセコ連峰で最も若い火山のイワオヌプリ
江戸時代後半や20世紀初頭には山頂部で噴気活動があったことが記録されています。
山頂は東側に開いた火口の中央火口丘で、いまは噴気は殆どありません。一方、山頂の西側には350×250mの火口があり、さらにその火口の中心に直径約100mの火口が複数存在しています。山肌は硫黄の結晶や火山礫に覆われ、噴気活動を伴う温泉が噴出しています。
荒寥とした不毛の火山と、美しい紅葉のアンバランスが魅力的です。 イワオヌプリの北側には硫黄採掘跡地があります。この硫黄鉱山は江戸時代後半から存在、明治期以降マッチの原料として硫黄の需要が増大し本格化し、明治19年には北海道で初めて蒸気精錬が導入され生産を拡大しました。最盛期の大正時代には200人ほどが生活していましたが、昭和19年に閉山しました。
9. ニセコ国際スキー場
ニセコはパウダー雪の世界的に有名なスキー場です。4つある国際スキー場の中でも、羊蹄山に向かって一気に1000mの標高差を滑り降りる豪快な「ひらふスキー場」は一番人気があります。 私はボーゲンレベルの下手くそスキーヤーでしたが、このスキー場が一番好きで、無謀にも何回も転びながら滑りました。「やばい!」と思った時はコースから外れてラフに突っ込むのですが、パウダースノーが優しく抱きとめてくれるので、安心して突っ込みました。(楽しかったな~)
しかし最近外国人に、この素晴らしい景色やパウダースキーのニセコが大人気で、リゾート別荘を高額で購入する外国人が増えました。いきおい物価高騰で私達日本人には縁遠いスキー場になってきています。
10. 「美しき日本」の侵略を狙う獰猛な隣国
いまこの美しい大地が買占められ、すでに北海道だけで 静岡県以上の面積が中国人のものになっています。過疎で悩む北海道は、多少の危惧はあっても中国・韓国人の来訪・永住は大歓迎してきました。若い北海道鈴木知事が脚光を浴びた「夕張経済破綻対応」も、レースイリゾート売却など中国資本に頼っていました。 北海道にはこれと言った産業はなく過疎化が進み、広大な大地の酪・農業・林業は、後継者のいなくなり、固定資産税を払うよりは安くても手放した方が有利と中国資本の手に渡っています。しかしそれでいいのでしょうか?
特に人口が少なく行政破綻で広大な土地が遊んでいる北海道では、釧路や札幌・千歳が真先に狙われて買い取られて拠点化が進んでいます。 『気が付くと、先人が血と汗で開拓してきた北海道は中国のものになっていた。日本人は放逐され、世界に類のない歴史・文化は消滅し、公共心がない彼らの母国と同じように荒廃し、能天気な日本人は強制収容所で臓器移植の在庫とされ、ウィグル以上の悲惨な状態に置かれている・・』という恐ろしい事態が、すぐそこに迫っています。
こういう元寇以来の大陸からの危機に、高市政権が今ようやく「媚中・親中から脱却し、国家・国民を守る安全安心の国づくり、経済安全保障、技術の発展・確立」を牽引し、世界の価値観を共有する民主国家と強力な連携を構築しています。現代に生きる私達は「先祖代々大事にしてきたこの美しい日本を、近隣諸国の身勝手な野望から守り、子々孫々に引き継いで行く!」と硬く決意し、高市政権と共に行動していくことは、日本人としての重要な使命、責務です。
いま中国国内は、深刻な経済破綻と急激な少子高齢化、国情不安定と締付け・国際的孤立、都市と農村の貧困差、大気・水質・土壌汚染などで大混乱期に入りつつあります。しかし強権独裁政権の常で、国家破綻が近づくと圧制・言論統制強化し、戦争で国外へ目を向けさせ政治的危機を糊塗しようとします。特に台湾侵攻計画は深刻で、武力威嚇・軍事侵攻だけでなく、工作員やAIを駆使した認知戦で「戦わずして勝つ」孫氏の戦法そのものが深く浸透し台湾国民分断を画策しています。 中国の台湾侵略は、日本のシーレーンを奪い国民・国家存続の危機に瀕するだけでなく、沖縄や南西諸島支配へと拡大し、西太平洋支配、その先には日本の侵略・支配があります。北海道の買占めはその一環であり、すでに秘密裏に軍事拠点化が進んでいると警戒する必要があります。
国民はその危機に気付き、先の総選挙で高市首相を圧倒的に支持しました。
海外への大量移住戦略=東南アジア各国への中国人100万人都市建設構想は、いまも着々と進行中です。経済支援と称しながら過大な融資を行い、債務返済ができず権利譲渡を迫り植民地化する・・数百年前から欧米がやってきたことを『今度は中国がやる番だ!2050年までに世界を支配する』と、今やその野望を隠すことなく、表立って猛烈な勢いで軍備・核武装を拡大しています。
中国の脅威は 伝統の孫子の兵法=「戦わずして勝つ」です。留学生・工作員を世界各国に送り込み、静かに溶け込んで中枢部を握り、国民を骨抜きにして支配するという恐ろしい遠大な陰謀です。いま東大生3万人のうち中国留学生が3,000人、早大も2,500人を超え、学費優遇を受けながら、講義内容にクレームをつけ、豪州で問題になった「サイレント・インヴェーション(静かなる侵略)」が進行しています。また最先端の技術を学び(盗み)中国に持ち帰っています。リニア建設への理不尽な反対を続けた川勝平太 前静岡県知事も、中国のリニア開発の時間稼ぎを支援したものでしょう。
これらの陰然とした世界浸透戦略は、中国が2000年以上前から得意とする『中華思想(=一帯一路)、戦わずして勝つ』の本当の姿です。米・豪・加などは漸くその危険性に気が付き対策を打ち始めていますが、一番危険な隣国の日本には親中・媚中が多く、すでに政財界・教育・メディアの奥深くまで侵入し支配されています。
独立国家たる由縁は「国民の命を守る、国土・財産を守る」です。これの基盤が今までの自民・公明政権30年間 ないがしろにされてきました。先年 中国での日本人学校の小学生が殺害(内臓がはみ出る程の惨殺!)されても当時の外務大臣は「遺憾(残念)に思う」程度の対応、また従来の国土交通大臣は30年間親中公明党固定で、大切な国土が中国資本に買取られるのを放置したままでした。
その公明党は、高市政権誕生と共に、中国の意を受けて政権離脱・中道を結成し高市政権を脅しましたが、国民は総選挙で高市政権を圧倒的に支持し、国家滅亡への親中路線を断固拒否しました。
しかし、林・石破・森山・岩屋などの反高市 親中一派は、再び親中路線・亡国への道を模索しています。私達はこれらの動きを断固拒否し、しっかりと日本の大地に立ち、二度と亡国の道に戻らないように、目を光らせ行動していきましょう!












