2026年3月10日火曜日

4. 人類史上最悪の「東京大空襲」

 「東京大空襲」=人類史上最悪の一日死者10万人、

  ・・そこまで非道になれる人類

TVも新聞も「東京大空襲」報道で声高に叫ばれることはありませんが、一晩で10万人を超える死者は、戦争犠牲者として人類史上で最悪の数です。あの東日本大震災の津波では2万人の人々が命を失いましたが、東京大空襲はその5倍の命が奪われました。しかも地震や風水害の自然災害ではなく「人間が意図的に計画して、無抵抗の一般市民を標的に実行した無慈悲な人間の所業」です。

昭和20310日未明、米爆撃機B29の約300機が現在の台東区、墨田区などの下町を一斉攻撃した東京大空襲。この写真は終戦直後の9月、現JR両国駅上空付近から東京湾方面を米軍が空撮したものです。



民間人を含む大量殺戮は最初から計画されていました。当時の下町一帯は現在の2倍以上の1平方キロメートル当たり35000人という世界有数の人口密度でした。しかも密集するのは木造家屋です。米軍は江戸の大火や関東大震災を研究し、日本家屋を模した街の延焼実験まで行っていました。

そこに吹き付けたのが春先の強い北西風でした。煽られた炎は竜巻のような火災旋風を巻き起こし、午前2時すぎには台風並みの風速25メートルを記録、一夜にして27万戸、100万人を超える生活圏を焼き尽くしました。米軍はこの時期の「春一番」も予測していたとされますが、現実は机上の想定をはるかに超え、人類史上最悪の大破壊を生み出したのです。

欧州戦線最大の独ドレスデン爆撃の死者は25000人、ナチスのガス室は1日最大6000人。

一度に10万人以上が即死した広島の原爆投下を含め、わが国全体の空爆による犠牲者は50万人以上に及びます。今も世界各地では戦火が止みませんが、私たちが忘れてはならないのは、人類はそこまで非道になれるということです。

写真をよく見ると…… 写真右側は隅田川。中央の運河とともに数カ月前は焼死体で埋め尽くされていました。写真手前に残る民家はあえて周囲を取り壊す建物疎開によるもので、医療施設などを守る盾になりました。円形の建物は旧両国国技館。現在も使われている天皇賜杯は力士たちが燃え盛る炎の中で守り抜いたといいます。

よく見ると路上に人が行き来している。焦土から一歩を踏み出したばかりの80年前の日本人の姿です。隅田川の輝きとともに、撮影した米兵は何を思ったのでしょうか。(38日産経新聞 皆川豪志 記)







もう一つの写真は、銀座四丁目の歌舞伎座付近です。

焼け残った歌舞伎座の手前が、この当時の出光興産本社ビルです。真に不思議なことながら奇跡的に焼け残り、出光佐三氏は終戦後もここを拠点に戦後復興の陣頭指揮を執りました。大陸や東南アジアから800人の復員社員を「社員は家族」と一人も馘首することなく、あらゆる仕事(旧海軍タンク底油回収、ラジオ修理、牧場、印刷業・・)を見つけて糊口をしのぎました。



『東京裁判』で、唯一の有色判事だったインド人のパール博士は、東京軍事裁判でただ1人、真理と国際法に基づき、日本の無罪を主張し、原爆投下の非人道性を指摘しました。 そのパール判事が昭和27年に広島を訪問された時、平和公園の『安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませぬから』という碑文に対し、その間違いを指摘しました。

この《過ちは繰返さぬ》とは、日本人が日本人に謝っている。しかし、日本人がどんな過ちを犯したというのか?

 そこで、本照寺の住職が、『過ちは繰り返しませぬ』に代わる碑文を書いていただきたいと懇願されたところ、パール博士は快く引き受けられ 次の詩を揮毫されました。

【大亜細亜悲願之碑】より 

 1952115日  ラダビノード・パール

(前半略)

抑圧されたアジア解放のため、

その厳粛なる誓いに、

いのち捧げた魂の上に幸あれ

ああ 真理よ! 

あなたはわが心の中に在る

その啓示に従って 我は進む

2026年3月4日水曜日

3. 学友の童謡画と お母さんの愛 

 中学時代の学友、牛谷久志くんから素晴らしい童謡画が送られてきました。私達は今年77歳になりますが、「彼はなんと美しく瑞々しい心を持ち続けているのだろう!」と本当に感動しました。

昨年彼と中学卒業後60年ぶりにメールでの友情が復活しました。その喜びもつかの間、10月に「原因不明の危篤状態(高熱が出て全身脱力・不随)で救急車で緊急入院」の連絡があり本当に驚きました。大腸ポリープが破れてそこから血管を通じて全身に腸内細菌が回っていました。彼は幼児のころ大火傷を負い白血球が少なく、それが根本原因でした。過去にも同様のことが何回かあったようですが、原因不明のまま復活していました。今回大腸ポリープが原因と分かりましたので「体力回復したら大腸の手術をする」と体力回復の養生している最中に、大好きなお母さんが旅立たれました。102歳の大往生ですが、幼児のころ大やけどを負った息子の人生を案じながらの尊い一生でした。

 久志君とお母さんのエピソードと、FB友人の温かいコメントをブログにまとめましたので是非御一読ください。

彼は2歳のころ親が一瞬目を離した隙に、全身に大火傷を負い、鹿児島大学病院に緊急入院しました。当初「これはとても助からない!」と診断されるほどの重体でしたが、奇跡的に蘇生し生き延びました。しかし顔にも大きな火傷跡が残り・・中学で初めて出会ったときは、大人しく目立たない学友でした。

(この写真は、中2の高千穂の峰登山。しゃがんで写っているのが久志君(後列右が私)

お母さんにとっては2度続いた可愛い息子の悲劇でした。実は久志君にはお兄さんがあり1歳で病死しました。戦後の貧しい生活が原因だったと伝え聴きます。そして幼い2歳の次男久志君を襲った悲劇! 「長男だけでなく次男まで!しかも私の不注意で生きるか死ぬか分からない大火傷を負わせてしまった。生き延びても大きなケロイドが残る・・」と絶望したお母さんは、幼い久志君を抱いて何回かダムから飛び込もうとしたそうです。そういう時に必ずお父さんが異変に気付き、間一髪で抱きとどめました。

「何回もダムに飛び込もうとした・・」と久志君が打ち明けられたのは、10数年前 90歳となったお母さんが脳梗塞で緊急入院した時でした。それまでお母さんは、悲しい苦しかったことは胸にしまいこんで生きてきました。優しく暖かく久志君と妹さんを育て、明るく心豊かな子供になるように、小さい時から民謡や三味線や詩吟を一緒に楽しんできたそうです。近所の学友も「本当に明るく優しいお母さんだった」と述懐します。

最初の脳梗塞入院後、都城市に住む妹さん家族と一緒に住むようになり、妹さんのご主人は「お義兄さんがいつでも使ってください」と、子供が巣立った2階を久志君が生活できるようにベッドを置き整備しました。以来彼は、盆と正月に明石の自宅を離れて帰省滞在し、お母さんと妹さん家族と1カ月ほど一緒に暮らすようになりました。お母さんだけでなく妹さんご夫妻も、なんと暖かい心のご家族でしょう!

久志君は「昔から妹とは仲良しで、喧嘩したことは一度もないな」とさらりといいます。
この童謡画は、幼い頃の思い出・・南国宮崎の山田町では珍しい雪に、久志君と可愛い妹の二人で飛び回って喜んでいる思い出が凝縮されています。

彼のお母さんは、2月初旬に天寿を全うされました。享年102

この童謡画は、彼が大好きだったお母さんをしのび描きました。幼いころお母さんと一緒に歌った懐かしい思い出や感謝が込められているように感じます。 自らを「いまだにマザコンだよ」 というほどお母さん思いの彼を元気づけ励ましたいと、FB友人に「童謡画の感想コメント」をお願いしました。 そして次の沢山の感想、激励が寄せられました。牛谷君と同じように、「なんと優しく心暖かいFB友人達だろう!」と感激です。皆様の「感想コメント」を牛谷君に伝えたところ、とても感激していました。本当にありがとうございました。

(熊本県玉名市の毛利昌之さんから)

 私が良く知っている童謡です。「こういう童謡画を想像出来る人はどんな人なのかな?」と考えました。たぶん優しいお母さんが歌ってくれた童謡が、この人の原風景となってこんな素朴でやさしい絵が描けるのでしょうね。 すばらしいお母さんが想像出来ます」 

(宮崎県五ヶ瀬町、フジ子さんから)

「こんな素敵な優しい絵を見ながら孫と歌いたいです。絵画集欲しいです

(埼玉県川越市、れい子さんから)

「“春よこい” も、“雪やこんこん” もとても懐かしい歌ですね。 描かれている子どもの顔が優しくて、幸せそうです

(千葉市、猪股正彰さん)

「童謡には日本の自然や伝統をそっと優しく伝えてきた感性が込められています。その歌を、歌としてだけでなく絵と一緒に観るともっと深く味わえますね。素晴らしい童謡画ですね。 毛利さんが話されたように、これは優しいお母様の愛情がたっぷりと注がれてきたものですね。

 (宮崎県西都市、ふみ子さん)

大切な、お友達の作品、嬉しく拝見させて頂きました。 とてもお上手な挿絵と歌ですね。

童謡は、清らかな心の子供の頃が思い出され、癒されますね。私達コーラスグループの、フルーツシンガーズでも、良く歌っています。私自身が作詞も致しますので、童謡は、とても大切な、心の歌と捉えています。 これからもみんなで、楽しく歌いましょう。

(宮崎県西都市、ゆみさん)

「どれだけお苦しみの時を過ごされたのでしょうか。有難い童謡を慈しまれるお心に感謝しかありません。 童のお顔に惹かれております(^O^☆♪)

(都城市山田町、日高貴代子さん)

「童謡大好きな私にとっては幼い頃の自分と重なり、とても懐かしく思って居ます。何時迄も、昭和の時代が色あせる事無く続きます様に 

(都城市山田町、山内朱美さん)

「とても、優しさ溢れる、挿絵と童謡に、同年代の私も癒されます。私も子供達に童謡を沢山歌ってあげました。その息子が、私の得意だった子守唄を同じ口調で孫にも歌っている姿を見て吹き出しそうになります♪ いいですね、優しい気持ちが伝わってきます。 牛谷さんも、とても素敵なお顔をされていらっしゃいます

FB「学友の童謡画紹介」への投稿に対する、皆様の暖かいコメントを有難うございました。私も皆様と全く同感で、とても暖かい気持ちになりました。また5日間で46件の「いいね」がありました。胸が一杯でコメントが書けなかった方も多かったと思います。 本当に有難うございました。



2026年3月3日火曜日

1. 若者への応援歌の目的

                Riv.20260306  (Start20120201 )

本ブログ目的は、混迷し不安な現代を力強く生きる為の応援・助言です。特に若い皆さんが、プラス思考で行動し、実践的になって活躍し、新たな未来を切り開くために役立つ道標や、元気になる話、偉人の逸話、最新情報などについて調査紹介することです。この報文が『若い人の成長』に、また上司・先輩の皆様方の『部下・後輩指導・育成』に、少しでも役立つことができたら望外の喜びです。

 色々な切り口から、若い皆さんに役立つ話題を提供していきます。下のタイトルをクリックすると本文が出てきます。本ブログ読後感想・ご意見等ありましたら、是非次のメールアドレスにコメントください。  hidechiyo915a@gmail.com 

             【ページビュー】
1.はじめに

  • 1-5.仕事と成長と人生

厳しい環境の中、将来に夢を持てない若者が増えています。

・家庭では 父母が仕事で忙しくて じっくり話を聴いてくれず孤独
・学校では 目立つといじめが怖いから 本当の自分は隠す
・大人や社会は 若者の孤独感・閉塞感に 全く関心がなく忙しそうだ

 日本青少年研究所が2023年6月に行った日米中韓の高校生約12,000人対象の 『自分はダメな人間だと思うことがあるか?(Sometime I feel like a failure)』の調査結果では、日本は 78%が 『そう思うとネガティブ回答しています。米国…61%、中国…55%、韓国…48%です。【2011年は、日本82.7、米国52.8%、中国39.2%、韓国31.9%】 この結果から、日本の若者がダントツに閉塞感を感じ、自分に自信をもてない現実が見えてきます。 しかしこれは若者だけの責任でなく、こういう社会環境にした我々大人の責任です。

 社会矛盾や大問題を抱えた各国の若者大半がネガティブ思考です。しかし日本の若者がダントツに多く『自分はネガティブだ=約80%』の結果には違和感があります。・・特に『新型コロナ拡散源の隠蔽、ウィグル・チベット・内モンゴルのジエノサイド、南・東シナ海の強奪、台湾へ侵攻恫喝、環境大汚染、経済破綻等を隠蔽する軍事独裁国家の中国がネガティブ55、『核・ミサイル開発・配備を急ぐ独裁北朝鮮の脅威を軽視、恨文化で満足感謝のない韓国が48、「多民族・多様価値観の分断で自閉症となった米国が61などを考えると不自然です。

 むしろ世界一安全で豊かな日本にあっても、世界レベルの危機や困難に真直ぐに目を向け、不安や危機感や孤独感の中にある日本の若者の方が、よほどまともな感受性を持ち、世の中を改革・変革していく潜在能力・可能性があり、世界から期待される存在です。