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2026年9月21日月曜日

16. ニセコ・神仙沼の感動と日本の危機

  20数年前、北海道ニセコアンヌプリの神々しい紅葉に絶句しました。

「大雪山の紅葉が終わったら、次は鮮やかなニセコが必見だぞ」と北海道在住20年の下山先輩が薦めるので、早速家内と出かけました。しかし当日は生憎の曇天で、折角の紅葉がくすんでいてがっかりでした。 そのまま神仙池に向かっていると、突然雲の切れ間から一筋の光がさし白樺の大木を照らしました。それはあたかも『神様の降臨!』と思わせる神々しい風景でした。私達夫婦は『美しい日本に生まれて本当に幸せだ!』という幸福感に包まれました。その後も何回かニセコに出かけましたが、あのような感動的な光景は77歳のいままで、二度と遭遇することはありませんでした。

この絵は「写真に撮れなかったあの神々しい光景の絵をかきたい!」とずっと思い続け、10年後にあの感動を思い起こしながら色鉛筆で描いたものです。もちろん実物には遠く及びません。

この時は、絶句して見とれて運転していましたが、「そうだ、写真、写真!」と車を止めてカメラを向けた時には、あの神々しさは去り、普通の紅葉風景になっていました。それがこの写真です。

人生には、二度と会えない素晴らしい瞬間があります。世界的山岳写真家の白川義員氏が生前述懐していたのは「マッターホルンのモルゲンロートの感動」です。

白川氏が若い頃、リッフェル湖からの黎明マッターホルンを撮影しようと訪れた時、この世のものとは思えぬ深紅のモルゲンロートに出会い写真を撮るのも忘れて呆然と立ち尽くしたそうです。ハッと気が付きカメラを向けると、感激の瞬間は去っていました。白川氏は、あの感動の一瞬を撮影しようと、その後6年間マッターホルンに通いましたが、二度とあの凄いモルゲンロートには出会えませんでした。

そして比較的うまく取れた一枚を発表し、世界中が感動してマッターホルンに熱狂する人が増えました。それでも白川氏は『最初に出会ったモルゲンロートに比べたら足元にも及ばない。それほど凄い瞬間だった』と述懐されていました。

1.    主峰ニセコアンヌプリの雄姿

ニセコ高原と裾野は、北海道で手軽に行ける鮮やかな紅葉の名所です。ニセコの短い錦秋はすぐ終わり、やがて全山雪に覆われて、絶好のスキー場へと変身します。
 ニセコアンヌプリは、約70万年前から約25万年前に活動した火山で、安山岩質の溶岩流を繰り返し噴出しました。 25万年前以降は活動は見られず、その後はチセヌプリやニトヌプリ、イワオヌプリなどに活動の場が移動しています。

2.    ニセコ奥座敷『神仙沼』

『神仙沼』は、その神秘的な雰囲気が神々や仙人の住むような場所だということから命名されました。発見は昭和初期で、日本ボーイスカウトの生みの親・下田豊松氏一行が青少年心身修養道場地を求めて訪れた際に発見されました。独特の青色、静寂に包まれた水面に湿原性アカエゾマツが逆さに映り、岸辺には水草が茂っています。まるで別世界に来てしまったかのような感覚に陥ります。

 まさに「神々の遊ぶ庭園」です。ずっと大事にしたい日本の宝物です。しかし近年、日本人よりも中国人が観光バスで大挙押し寄せ、SNSでも中国語の投稿を頻繁に見かけ、いずれ荒らされるのではないか・・と危機感を抱いていました。幸いコロナ禍、ウクライナ侵略・台湾恫喝で中露が孤立、中国バブル崩壊で神仙沼は静けさを取戻しています。神々や仙人が住みたもう尊い自然を守るために『これからも傍若無人の隣国客人の来訪はお断りしたい!』と私は願っています。

3.神仙沼の池塘

 北海道の尾瀬ヶ原というところでしょうか。背景の山はチトセヌプリ1134m

4.ニセコのパノラマライン

紅葉の季節、どこまで走っても、このような素晴らしい紅葉が続きます。『日本に生まれて良かった!』と感激しながらの最高のドライブを味わえます

5. 同じくニセコのパノラマライン

主峰ニセコアンヌプリの雄姿とその裾野に広がる鮮やかな紅葉の絶景、『本当にここは日本?』と疑うような素晴らしい景色が続きます。 もう暫くすると全山雪に覆われて、絶好のスキー場へと変身します。
 ニセコアンヌプリは、約70万年前から約25万年前に活動した火山で、安山岩質の溶岩流を繰り返し噴出しました。 25万年前以降活動は見られず、その後はチセヌプリやニトヌプリ、イワオヌプリなどに活動の場が移動しています。

6. ニセコ連山

左奥から羊蹄山(1898m手前の双耳峰がニセコアンヌプリ(1308mその手前の頂上が白い山が一番新しい火山のイワオヌプリ(1116m こうしてみると、ニセコ連山は、東西(奥から手前)に走る断層に沿って生まれた兄弟火山だという事が良く分かります。

7. 双耳峰のニセコアンヌプリ

ニセコアンヌプリは見事な双耳峰です。手前の滝のように見えるのは、硫黄分を多く含んだ火山噴出物です。


紅葉が終わりかけた頂上近くは、シラカンバ・ダテカンバの幹や小枝が白く光ります。これから厳しい雪の季節になり、6か月後の春の芽吹きまで静かな眠りにつきます。

8. ニセコ連峰で最も若い火山のイワオヌプリ

 江戸時代後半や20世紀初頭には山頂部で噴気活動があったことが記録されています。

 山頂は東側に開いた火口の中央火口丘で、いまは噴気は殆どありません。一方、山頂の西側には350×250mの火口があり、さらにその火口の中心に直径約100mの火口が複数存在しています。山肌は硫黄の結晶や火山礫に覆われ、噴気活動を伴う温泉が噴出しています。 

荒寥とした不毛の火山と、美しい紅葉のアンバランスが魅力的です。 イワオヌプリの北側には硫黄採掘跡地があります。この硫黄鉱山は江戸時代後半から存在、明治期以降マッチの原料として硫黄の需要が増大し本格化し、明治19年には北海道で初めて蒸気精錬が導入され生産を拡大しました。最盛期の大正時代には200人ほどが生活していましたが、昭和19年に閉山しました。 

9. ニセコ国際スキー場

ニセコはパウダー雪の世界的に有名なスキー場です。4つある国際スキー場の中でも、羊蹄山に向かって一気に1000mの標高差を滑り降りる豪快な「ひらふスキー場」は一番人気があります。 私はボーゲンレベルの下手くそスキーヤーでしたが、このスキー場が一番好きで、無謀にも何回も転びながら滑りました。「やばい!」と思った時はコースから外れてラフに突っ込むのですが、パウダースノーが優しく抱きとめてくれるので、安心して突っ込みました。(楽しかったな~)

しかし最近外国人に、この素晴らしい景色やパウダースキーのニセコが大人気で、リゾート別荘を高額で購入する外国人が増えました。いきおい物価高騰で私達日本人には縁遠いスキー場になってきています。

10. 「美しき日本」の侵略を狙う獰猛な隣国
 いまこの美しい大地が買占められ、すでに北海道だけで 静岡県以上の面積が中国人のものになっています。過疎で悩む北海道は、多少の危惧はあっても中国・韓国人の来訪・永住は大歓迎してきました。若い北海道鈴木知事が脚光を浴びた「夕張経済破綻対応」も、レースイリゾート売却など中国資本に頼っていました。 北海道にはこれと言った産業はなく過疎化が進み、広大な大地の酪・農業・林業は、後継者のいなくなり、固定資産税を払うよりは安くても手放した方が有利と中国資本の手に渡っています。しかしそれでいいのでしょうか? 

特に人口が少なく行政破綻で広大な土地が遊んでいる北海道では、釧路や札幌・千歳が真先に狙われて買い取られて拠点化が進んでいます。 『気が付くと、先人が血と汗で開拓してきた北海道は中国のものになっていた。日本人は放逐され、世界に類のない歴史・文化は消滅し、公共心がない彼らの母国と同じように荒廃し、能天気な日本人は強制収容所で臓器移植の在庫とされ、ウィグル以上の悲惨な状態に置かれている・・』という恐ろしい事態が、すぐそこに迫っています。

こういう元寇以来の大陸からの危機に、高市政権が今ようやく「媚中・親中から脱却し、国家・国民を守る安全安心の国づくり、経済安全保障、技術の発展・確立」を牽引し、世界の価値観を共有する民主国家と強力な連携を構築しています。現代に生きる私達は「先祖代々大事にしてきたこの美しい日本を、近隣諸国の身勝手な野望から守り、子々孫々に引き継いで行く!」と硬く決意し、高市政権と共に行動していくことは、日本人としての重要な使命、責務です。

いま中国国内は、深刻な経済破綻と急激な少子高齢化、国情不安定と締付け・国際的孤立、都市と農村の貧困差、大気・水質・土壌汚染などで大混乱期に入りつつあります。しかし強権独裁政権の常で、国家破綻が近づくと圧制・言論統制強化し、戦争で国外へ目を向けさせ政治的危機を糊塗しようとします。特に台湾侵攻計画は深刻で、武力威嚇・軍事侵攻だけでなく、工作員やAIを駆使した認知戦で「戦わずして勝つ」孫氏の戦法そのものが深く浸透し台湾国民分断を画策しています。 中国の台湾侵略は、日本のシーレーンを奪い国民・国家存続の危機に瀕するだけでなく、沖縄や南西諸島支配へと拡大し、西太平洋支配、その先には日本の侵略・支配があります。北海道の買占めはその一環であり、すでに秘密裏に軍事拠点化が進んでいると警戒する必要があります。

国民はその危機に気付き、先の総選挙で高市首相を圧倒的に支持しました。

海外への大量移住戦略=東南アジア各国への中国人100万人都市建設構想は、いまも着々と進行中です。経済支援と称しながら過大な融資を行い、債務返済ができず権利譲渡を迫り植民地化する・・数百年前から欧米がやってきたことを『今度は中国がやる番だ!2050年までに世界を支配する』と、今やその野望を隠すことなく、表立って猛烈な勢いで軍備・核武装を拡大しています。

中国の脅威は 伝統の孫子の兵法=「戦わずして勝つ」です。留学生・工作員を世界各国に送り込み、静かに溶け込んで中枢部を握り、国民を骨抜きにして支配するという恐ろしい遠大な陰謀です。いま東大生3万人のうち中国留学生が3,000人、早大も2,500人を超え、学費優遇を受けながら、講義内容にクレームをつけ、豪州で問題になった「サイレント・インヴェーション(静かなる侵略)」が進行しています。また最先端の技術を学び(盗み)中国に持ち帰っています。リニア建設への理不尽な反対を続けた川勝平太 前静岡県知事も、中国のリニア開発の時間稼ぎを支援したものでしょう。

これらの陰然とした世界浸透戦略は、中国が2000年以上前から得意とする『中華思想(=一帯一路)、戦わずして勝つ』の本当の姿です。米・豪・加などは漸くその危険性に気が付き対策を打ち始めていますが、一番危険な隣国の日本には親中・媚中が多く、すでに政財界・教育・メディアの奥深くまで侵入し支配されています。

独立国家たる由縁は「国民の命を守る、国土・財産を守る」です。これの基盤が今までの自民・公明政権30年間 ないがしろにされてきました。先年 中国での日本人学校の小学生が殺害(内臓がはみ出る程の惨殺!)されても当時の外務大臣は「遺憾(残念)に思う」程度の対応、また従来の国土交通大臣は30年間親中公明党固定で、大切な国土が中国資本に買取られるのを放置したままでした。

その公明党は、高市政権誕生と共に、中国の意を受けて政権離脱・中道を結成し高市政権を脅しましたが、国民は総選挙で高市政権を圧倒的に支持し、国家滅亡への親中路線を断固拒否しました。

しかし、林・石破・森山・岩屋などの反高市 親中一派は、再び親中路線・亡国への道を模索しています。私達はこれらの動きを断固拒否し、世界に二つとない祖先が連綿と築き上げてきた、信頼と利他の精神で結ばれた、美しく素晴らしい日本」しっかりと守り、二度と亡国の道に戻らないように、目を光らせ行動していきましょう!

2026年7月16日木曜日

16. 息をのむ大雪山の紅葉

  大雪山の紅葉は日本一早く、その鮮やかさは北海道以南では味わえません。

私は約20年前、5356歳の間、憧れの北海道苫小牧勤務となり、この季節になると家内と連れ立って大雪山の紅葉を見に行きました。そして「退職までの7年間北海道で暮らしたい!」と念願しました。 (しかし北海道製油所のタンク火災を機に、本社製造部勤務となり地獄の様な激務に連れ戻されました。 (涙)

大雪山はアイヌ語で「カムイミンタラ(神々の遊ぶ庭)」です。

これからの季節、大雪山は、この命名の通り、赤と黄色と緑の見事な錦繡に光輝きます。写真で見ても驚く美しさですが、やはり自分の目で見た鮮やかさとは比べ物になりません。特に曇った日に訪れてがっかりしているとき、雲の切れ間からサッと陽が差して錦繍を照らした時の感動は例えようがありません。『樹々の赤と黄と緑の全ての葉から光を発している!』そんな感動の一瞬です。・・きっと天照大御神が天岩戸から顔を出された時、八百万の神々は、こういう感激を味わったのだろう・・と思います。

1.日本一早い「銀泉台の紅葉」

赤岳の登山口にある標高1500mの「銀泉台」からの紅葉は、様々な広葉樹と針葉樹の色彩が重なり、美しいグラデーションが山全体を彩ります。登山口から30分ほど歩いた登山道から見る第一花園の下の斜面が緑、黄、橙、赤色に染まる景色は特に人気。見事な色彩の山々は息をのむほどの美しさです。「銀泉台の名前の由来」は、層雲峡から大雪湖、大雪山観光道路を車で50分ほどのところにある、赤岳の山麓から流れる滝(銀河の滝)の源流と考えられたためです。

2.北海道最高峰「旭岳」2,291mの雄姿

爆裂火口から吹き上がる噴煙群、その前景の紅葉、豪壮・華麗な姿は、まさに北海道を代表する景観です。旭岳は北海道の中心部に位置する大雪山系の主峰、北海道の最高峰です。山の名の由来は、忠別川の源にあるところから、アイヌ語で「チュプ・ベツ」(日の川)を「旭」としたもので、旭川市の名の由来も同じです。山麓1,100mの旭岳温泉から標高1,600mの姿見駅まで標高差500mを一気に登る大雪山旭岳ロープウェイ(101人乗り)が運行され、誰でも美しい旭岳高原の紅葉絶景を楽しめます。

3.旭岳「チングルマの草紅葉

地面一面、真っ赤な絨毯が敷き詰められて、まるで神々の宮殿庭園を散策しているような気分にさせられます。

4.旭岳ロープウェイ山上駅近くの紅葉

言葉もないくらい鮮やかです。大げさでなく「生きていてよかった!」としみじみ思います。

5.旭岳ロープウェイ中腹のダテカンバ等の黄葉


ダテカンバ、白樺、ブナなどの黄葉一色も鮮やかで、心に染みます。

6.旭岳温泉駅近くの紅葉

『旭岳は初冠雪、山上駅周辺は真っ赤な紅葉、麓の方はまだ晩夏の濃い緑』そんな3色コラボが楽しめます。1週間もない紅葉の輝きですが・・紅葉は上から降りてきますので、2~3週間は堪能できます。

7.天人峡『羽衣の滝』

落差260mあり北海道最大落差の滝です。2段に分かれる姿から、元々は『夫婦の滝』と呼ばれていましたが、大町桂月がその美しさを、「千丈の懸崖雲上に連なり、懸崖欠くる処飛泉を掛く、相看てただ誦す謫仙の句、疑ふらくは是れ銀河の九天より落つるか」と激賞し、「羽衣の滝」と命名したといわれています。

苫小牧勤務の3年間、この季節になると家内と連れ立って大雪山の紅葉を見に行きました。朝5時苫小牧出発して約4時間で旭岳ロープウェイ駅です。そして午後3時ころまで頂上駅周辺を散策して紅葉を満喫します。そして後ろ髪引かれる思いで帰路につきました。「ずっとここにいたい!」と・・

北海道の紅葉期間は短く僅か一週間ほどです。この短期間の紅葉を堪能するのは、その年の気候によるので至難の業ですが・・可能なら3~5日は滞在してゆっくりと散策したいものです。ただ天候が悪いと富士山頂のように極寒の世界となりますので、しっかりした防寒対策が必要です。




16. 感動の「層雲峡・黒岳の絶景」

  大雪山赤岳の登山口になっている銀泉台は標高1500m(本州なら2500m級)の高度があり9月中旬には真赤に染まり、是非一度は訪れて欲しい絶景です。また大雪山の東側の層雲峡は、西側の天人峡とは趣の異なる柱状節理の絶景で『銀河の滝、流星の滝』が天空から流れ落ちる様は、この世のものとは思えない美しさです。そして大河 石狩川へと合流します。

 これらの絶景を発見し 格調高い命名をしたのは、明治・大正の美文随筆家の大町桂月『大雪山の父と今も称えられます。桂月は、大正10年8月層雲峡を出発し、当時は登山道もなく名前もなかった桂月岳に苦労しながら登頂、黒岳、北鎮岳、白雲岳、旭岳に登頂しています。その紀行文 「層雲峡より大雪山へ」は大好評となり、大雪山の魅力が日本中に広がりました。そして天人峡温泉に記念碑が立てられ、紀行文冒頭の有名な一節が刻まれました。

富士山に登って山岳の高さを語れ 大雪山に登って山岳の大きさを語れ(大町 桂月)

1, 日本で一番早く紅葉する『銀泉台』

 真っ赤なナナカマドやモミジが見事です。
『銀泉』の名称は、石狩川の水源、層雲峡の名勝 "銀河・流星の滝" の水元がこの近くから湧き出していることから『銀泉台』と名付けられました。赤岳2078mの登山口にもなっていますが、私たち夫婦は、この紅葉の絶景を堪能したら大満足で、そのまま層雲峡温泉に引き返しました。

雲影に覆われた銀泉台は、それなりに美しいのですが・・雲が去り日光に照らされると景色が劇的に変化します。金銀が混ざったような「輝く真紅」となります! これぞ「神々の遊ぶ庭だ」と絶句します。

2, 左から黒岳1984m、桂月岳1938m、凌雲岳2125

2000mにも満たない真ん中のピークが『桂月岳』と命名されたのは、大島桂月が大正10年(1921年)8月22日、層雲峡を出発し目指したのが当時無名の桂月岳だったからです。獣道もないハイマツ帯をヤブカキで苦しみながら岩石をぬって山頂に達、大雪山系縦走を果たし、26日に天人峡温泉に到着、宿泊しています。
 層雲峡から見る桂月岳は、左に異様なピークの黒岳、右になだらかな凌雲岳を従え、『大雪山の盟主』のようなアルペン風格を感じます。

3. 層雲峡の断崖絶壁の2名瀑

左が優美な『銀河の滝』、右は水量の多い豪快な『流星の滝』。秋は、この絶景を錦繡が彩ります。
『層雲峡、銀河の滝、流星の滝、大函・小函』などの格調高い命名は、大町桂月によるものです。桂月は明治2年高知市に生まれ、『桂月』の雅号は月の名所桂浜に因んでいます。・・美文随筆家として、韻文・随筆・紀行・評論・史伝・人生訓など多彩で、格調高い文体から人気を博しました。

4, 黒岳ロープウェイと紅葉

足の不自由な方でも、層雲峡温泉街から一気に黒岳中腹に連れて行ってくれます。終点からはスキー用のリフトが7合目(1510m)まで連れて行ってくれます。ここから黒岳山頂までは470mほどで、夏には小学生連れの家族登山を楽しむ人も多く見かけます。一般的に標高差100m15分ほどなので、1時間ほどの頑張りで比較的手軽に登れる感じがしますが、山慣れぬ人がチャレンジできるのは、7月〜8月の晴天時だけです。気象条件は『北アルプス以上の厳しさ』ということを肝に銘じておきましょう。

 黒岳ペアリフトの足元にもウメバチソウなどが咲くので、夏山でも登山の用意がない場合は、7合目で引き返しましょう。7合目から片道20分ほどの
「黒岳カムイの森のみち」が用意され(黒岳七合目登山事務所近くに入口が)、トレッキング気分を味わうことが可能です。

5. 層雲峡から黒岳へ

黒岳山麓の層雲峡温泉から5合目(標高1,300m)まで高低差629m7分で結びます。
5
合目から7合目までは、黒岳ペアリフトが結んでいます。ロープウェイ黒岳駅から約200m離れた場所に乗降場があり、所要時間は片道15分。春夏秋は観光客や黒岳登山者が、冬は日本一早く滑れるスキー場として人気があります。

6. 巨大な「お鉢平」カルデラ

大雪山は100万~70万年前に活動を開始しました。3万年前、大雪山史上最大の『お鉢平カルデラ噴火』が発生しました。 大規模な火砕流が石狩川上流や忠別川上流一帯に噴出し、 直径約2kmのカルデラが生じ、周囲は最大250mの厚さの火砕流が堆積し溶結凝灰岩で覆われました。やがて長い年月をかけて、東は石狩川が層雲峡を刻み、西は忠別川が天人峡を刻み、柱状節理の断崖絶壁の見事な景観を作り出しました。
写真左奥のピークは、北海道最高峰の旭岳です。(これは気象庁掲示の画像です)

7. 大雪山の地形図

 巨大な山体の旭岳や北鎮岳等の山体をすっぽり収めてもまだ余る半径2kmの『御鉢平』の巨大さが良く分かります。約3万年前にカルデラ大噴火した際に周辺に大量の溶岩・火山灰で覆い、それが固まって厚さ200m250mの溶結凝灰岩となり、北側を石狩川が削って層雲峡が、南側は忠別川が削って天人峡の絶景が出現しました。

この地形図の中央右端あたりが銀泉台です。御鉢平カルデラ跡は、巨大な火口湖でしたが黒岳側の火口壁が壊れ、湖水は流出しました。3万年を経ても御鉢平からは有毒ガスが発生しており、過去ガス中毒で死亡事故があり、また時々迷い込んで中毒死したクマの死骸が遠望されます。カルデラ内は立入り禁止となっており、絶対足を踏み入れないようにしてください。

8. 「層雲峡と天人峡」

北海道第二の都市旭川市の旭川空港から「旭岳温泉・天人峡 行」「層雲峡 行」の2つの観光路線バスが出ており便利です。ただその2大観光地は巨大な大雪山を挟んでいますので、最低2泊3日は欲しいところです。両方とも観光だけでなく有数の温泉地でもあるので是非それぞれに一泊して汗を流し、旭川市では有名な旭川動物園も訪れたいものです。

2026年3月2日月曜日

5. 北海道大研究林の可愛い友達

  数年前のコロナ禍も終わるころの11月末、10数年まえ3年間勤務した苫小牧を家内と訪れ、懐かしい北大研究林(演習林)に行きました。もうすっかり冬枯れの風景で、この景色が6か月も続きます。エサのない季節、リスや小鳥たちは優しい人々の手から直接エサをついばむほどに人と仲良しです。 しかし心無い隣国の観光客が噂を聞きつけて、餌やりをして小鳥を捕まえるという新聞記事がありました。彼らは自然の鳥は食料と思っていますので来て欲しくない人たちです。かって公園に集まる鳩をみて可愛い少女のアグネスチャンが「美味しそう!」と、目を輝かせたのに驚いたことがあります。

最近の北大研究林には「感染症予防で手からの餌やりはしないでください」という立看板があります。毎年大陸から渡って来る鳥インフルエンザ(&武漢ウイルス)を防止するためですが、自然の小鳥たちを心ない人達から守る為でもあります。 

『研究林の可愛い妖精たち』 左の茶色の可愛い小鳥は特に人なつっこいヤマガラ、その右は警戒心の強いシジュウカラです。この赤ジャンの手は我が愛妻です。冬の散歩にはヒマワリの種や食パンが欠かせません。なにも餌を持っていないと申し訳ない気持ちになります。

 北大研究林の職員の方々は、森の管理だけでなく、そこに生息する動物たちも大切に守っています。特に餌の少ない積雪期の為に『小鳥やリスの餌台』をあちこちに設置して毎日ヒマワリの種などを与えておられます。そのため小鳥たちは人間への警戒心を段々持たなくなり、手の上のエサを直接ついばむようになりました。・・そして私達が散歩して手のひらに餌をのせて佇んでいると、すぐに小鳥たちが集まりました。 以前東京から来た娘を連れて行くと、目を丸くしながら感動して餌やりを楽しみました。

『人懐こいカモ』私の家内は毎朝私が出勤した後、社宅の奥さんと連れ立って散歩に行ってましたが、他の奥さんはおしゃべりに夢中でカモにはあまり興味がありません。そこでカモ餌やり大好きな私は二人で至福の時を共有しました。 そのため、本土に帰っても、カモを見かけると『ほらお友達だよ! なんかお尻フリフリの歩く姿もカモに似て来たね!』とからかっては『ウッセ―!』と怒られます(笑)


『森の妖精エゾリス
 その姿もしぐさも、何とも愛らしく、出会っただけで幸せな思いに包まれます。目が合ったりしたら悩殺されて、一日中脳裏を離れず大変ですどんなポーズも愛くるしいエゾリスです! 秋・冬には、耳には長い毛が延びます。春先にはこの毛が生え変わり、耳の上に立った毛がなくなります。4 - 5月に冬毛から夏毛に、10 - 11月に冬毛に生え変わります。


『エゾシカの雄姿』
 北海道ではエゾシカに出会うことは珍しくありません。私が勤務した石油備蓄基地の近くの森には多数生息しており、朝夕の通勤時には必ず数頭のエゾシカ家族に出会いました。ヒグマのような獰猛さはない草食獣で、そのつぶらな瞳が堪りません。

 シカは冬眠しないので冬場のエサがなく、樹木の皮を食べて命を繋ぎます。
 しかし狩猟されなくなり、可愛い姿から愛護団体の活動もあり、逆に個体数が増えすぎて山林を荒らす害獣になりつつあります。ここの研究林でも、根元から胸の高さまで皮のはぎとられた痛々しい若木がたくさん見られ、複雑な気持ちにさせられます。


『サケの遡上』
 演習林を流れる小川「幌内川」秋にサケが遡上します。人工ふ化しない自然のままのサケですので、遡上数は少ないですが、散歩の途中で会った時は、しばらく「私もサケと一緒に散歩道を遡上」します。やがて産卵・受精を終えてボロボロになり、泳ぐ力もなく川の流れに任せて川を下ってくる酒に出会った時は、思わず「ご苦労様!」と声をかけてしまいます。


幻のイトウ』そして幌内川をさらにさかのぼると小さな深い池があります。この池には日本に生息する最大の淡水魚『イトウ』がいます。大きくなると2mになる事もあるそうです。昔はもっと大きくなると思われていたようで、『イトウが熊を襲って飲み込んだ』という伝説があるくらいです。ここ研究林の池でも度々『大きなイトウを目撃した』とされますが、警戒心の強いイトウなので、私は残念ながら目撃できませんでした。この写真は水産研究所で飼われているイトウです。


『シマフクロウ』
 眼光鋭い高貴な姿は、「森の王者、哲学者、鳥のベートーベン・・」なんと形容したらよいのでしょう。シマフクロウは北海道にしか生息していません。その個体数は何と「160羽」です! 北海道の大地に人は552万人。人間は身体も大きく、食料もエネルギーも大量に消費するのに、シマフクロウの4万倍も多い計算になります。なぜシマフクロウはこんなに個体数が少ないのでしょう? それは・・食物連鎖ピラミッドの頂点に立つ動物は、利用する食物が限られ、結果として個体数が少なくなる原則があります。北海道の農場や工場や住宅街など開発が進んだために餌となる小動物が減り、木材やパルプに適した森林開発で住みかとなる自然の森が少なくなったために激減していったと考えられています。


『蝦夷ライチョウ』
 本州の高山帯に生息するライチョウ とは属が異なり、羽の色は変化しません。本州のライチョウは、天敵を避けて3000m級の高山にしかいなくなりましたが、北海道の蝦夷ライチョウは健在で数十メートルの飛翔もできます。 エゾライチョウは、かつては一般的な野鳥でしたが、近年は狩猟、自然環境の変化などにより生息数が激減しています。 しかし、美味なので狩猟鳥指定から外すことに抵抗があり現在でも狩猟鳥です。

欧米でクリスマスといえば七面鳥ですが、それが一般に浸透するまでは雷鳥のローストでした。その為、1920年代から1950年代には北海道のエゾライチョウは年間56万羽が捕獲され輸出されていました。近年の減少は、キツネによる捕食が大きな原因と言われます。


『クマゲラ』
 国内最大のキツツキで、国の天然記念物に指定され『幻の鳥』と言われます。生息数は本州に100羽程度、北海道に500羽程度と推定されています。中々お目にかかれないクマゲラですが、ここ北大研究林では毎年4~5月に営巣するクマゲラと出会う事が出来ます。頭のてっぺんが赤いモヒカン頭と、目玉の周りの白い縁取りが漫画のような風貌、何とも言えず可愛いです。(カラスと同じくらいの大きさですが、愛くるしさでは雲泥の差です!)

初夏、北大研究施設入口の門近くの大木に営巣すると、毎日数十人のカメラマンが押し寄せてきます。神経質な鳥なので、小さな声で話をしても、一斉に「シーッ」と叱られます。

『苫小牧市の中心部 苫小牧港は、幅500m、奥行き6㎞の人工の大港湾です。元々はこの右側に大コンビナートが建設されるはずでしたが・・オイルショック後の長い不況で、進出予定の殆どの工場が進出を断念、その端に大石油備蓄基地があるのみです。
しかしそれでも苫小牧港は北海道物流の大拠点となり、北海道内の港湾取扱貨物量の約50 %を占めているほか、全国でも第4位の港湾取扱貨物量になっています。