2024年10月6日日曜日

1-11. 古事記物語6「大国主命の受難」

 「古事記で一番尊敬する神は?」と問われたら、私は即座に「大国主命!」と答えます。最初の因幡の白兎から胸を打つ逸話が続きますが、特に最後の「国譲り」の話は、「争いでなく話し合いで平和を築く日本の在り方」を決定づけました。平成15年(2003)、出雲大社を訪問された美智子皇后陛下(当時)は次のお歌を詠まれています。

 国譲り 祀られましし大神の

       奇しき御業を 偲びて止まず

 大国主命は沢山の別名を持ちますが、それだけ逸話の多い偉大な神様だったという事です。童謡「大黒様」ではこう歌われます。「大きな袋を肩にかけ、大黒様が来かかると、そこに因幡の白兎、皮をむかれて赤はだか」

大黒様とは、大国主神(この時の名前は大穴牟遅神)のことで、大きな袋の中は、八十人もいた沢山の兄神(八十神)の下着や服や持ち物が入っていました。大国主神は一番下の弟神なので八十神の荷物を持たされ、荷物が重くて八十神よりだいぶ遅れて歩いていました。行く先は因幡の八上姫のところで、八十神は皆、自分のお嫁さんにしようと思い先を争い、下の弟に荷物を持たせて召使のような扱いをしていました。

こうして一行が気多の岬まで来た時のことです。皮を剥がれた白兎が海岸で震えて泣いていました。皮を剥がれたのは、海のサメを騙したのでかまれて皮がはげたのです。八十神は、その可哀そうな白兎を見て「塩水で身体を洗って風にあたってかわかせば治る」と嘘を教えいじわるをしたのです。苦しむ兎は教えられたとおりに塩水で洗って風にあたっていると、身体がひりひりと死ぬ痛みで、サメに噛まれた時よりももっと苦しみました。

大国主神は、兎が苦しんでいるところへ通りかかり、話を聞いて、海の塩水ではなく川の水で身体を洗い、ガマの穂綿で身体をつつんで休みなさいと教えました。すると兎は傷が治って元の身体になりました。大穴牟遅神は、このようにやさしい神様でした。

八十神たちは、因幡の八上姫のところへ到着していました。そして代わる代わる色々なことを話してお姫さまの気を引こうとしますが、元々意地悪な八十神たちですので、八上姫は知らん顔で話は聞きません。そこへだいぶ遅れて大国主神が到着しました。荷物が重い上に兎の傷を治してやったりしたので、すっかり遅れてしまったのです。

八上姫は、大国主命を一目見るなりその優しさがわかり、すっかり気にいって大国主神と結婚すると宣言しました。これを聴いた兄神たちはカンカンに怒って大国主命を殺そうと相談しました。そして出雲への帰り道で大国主命をだまして「山の上から赤い大きなイノシシがおりてくるから下にいてつかまえろ」と命令し、山の上から真っ赤に焼いた大岩を投げ落としました。そんなこととは知らない大国主命はしっかりと受け止めましたが、身体が焼かれて大やけどを負い死んでしまいました。(下は青木繁「大穴牟遅命」)



これを見たお母さんは、たいへん嘆き悲しんで高天原の神様に大国主命を助けてくださいとお願いをしました。高天原の神様は、キサガイ姫とウムガイ姫という二人の貝の神様をおくりました。この貝の神様の治療のおかげで大国主命は生き返ったのです。このことを知った兄神たちは、また、弟神の命をねらいだしました。そこで、お母さんはこのまま兄神たちと一緒にいたら大変なことになると思い、大国主命を根の国(黄泉の国)へ逃がしました。

根の国へ到着した大国主命が最初に出会ったのは須佐之男命の娘の須勢理姫でした。根の国を支配していたのは須佐之男命だったのです。須勢理姫は大国主命が美男子で優しそうな青年だったので、一目見るなり すっかり気に入り、父神に紹介すると、須佐之男命は一目で「これは大国主命だ」と一目で見抜きました。そしてこの神は自分より立派で娘が好きになったらしいと知って内心穏やかではありません。昔から乱暴者で知られた須佐之男命は誰よりも負けず嫌いだったのです。そこで恐い顔をして娘婿としてふさわしい男かどうかを試そうと思いました。

まず始めの夜は毒蛇がうようよいる部屋へ泊まらせました。その陰で須勢理姫はこっそり毒蛇をおとなしくさせる布切れを渡し、毒蛇が襲ってきたらこの布を三度ふりなさいと教えました。そのおかげで毒蛇はおとなしくなり、ぐっすりと眠ることができました。

須佐之男命は次の朝、元気な大国主命を見て吃驚し、次の夜はムカデとハチが一杯いる部屋へ泊まらせました。このときも須勢理姫が毒虫をおとなしくさせる布切れを渡し使い方を教えました。その通りにすると、たくさんの毒虫たちはみんなおとなしくなり、ぐっすりと寝ることができました。須勢理姫のおかげで二度の試練を無事に乗り越えました。

これには須佐之男命も吃驚して、中々すごい男だと心の中では思いましたが、娘の須勢理姫を嫁にやることは嫌で大変な問題を出しました。背の高さぐらいに草が生えている野原に大国主命を連れてきて、弓に矢をつがえ草原の中へヒューッと放ちました。そして、その矢を取って来いと命令したのです。大国主命はすぐに草原の中へ駆込みました。大国主命が草原へ駆込んだのを見た須佐之男命は草原の周りから火をつけたのです。大国主命がかけこんだ周りから火がすごい勢いで燃えてきます。このままでは焼け死んでしまいますが、どうすることもできず困っていました。

そこへどこからともなくネズミがあらわれ何かを言っています。耳をすましてよく聞くと「なかはほらほら、そとはすぶすぶ」と言っているではありませんか。「これは外は火が燃え上がっているけど、内はほら穴という意味か」と思い、足の下をドンと踏みつけると穴があいて体がすっぽりと入ってしまいました。火は穴の上を通り過ぎ、大国主命は助かりました。

そこへネズミが、須佐之男命が放った矢をくわえてあらわれました。その矢を持って大国主命は帰って来ました。須勢理姫は大国主命が焼け死んでしまったものと思い、悲しみながら葬式の準備をしていましたが、生きて帰ってきたのを見て大喜び、須佐之男命はしぶい顔で、なんてすごい男だと感心しました。

それでも須佐之男命は意地悪をして自分の頭の髪の中にいるシラミ取りを命じました。須佐之男命の頭の中にはシラミではなくムカデが一杯いたのです。須勢理姫は赤土と椋の実を大国主命に渡して椋の実を音をたてて噛み、赤土を口にふくんで吐き出し、ムカデを噛んで血のまじったものを吐き出していると思わせるように教えました。

須佐之男命はすっかり気を許して大いびきをかいて寝込んでしまいました。大国主命は、須佐之男命が寝ている間に長い髪を何本かの家の柱にしばりつけて、須勢理姫を背負い、須佐之男命の宝物の弓矢と大刀と琴を持って地下の国から抜け出しました。逃げ出す途中須勢理姫の持っている琴が木の枝にふれてボローンとものすごい音が鳴りひびきました。その音で目をさました須佐之男命は飛び起きましたが、髪が柱に縛ってあったので家を引き倒して、大国主命の後を追いかけました。

大国主命と須勢理姫はその間に根の国と地上の国の境目までやってきました。そこまで必死で追ってきた須佐之男命も、さすがに大国主命の見事さに立ち止まり、大声で笑いながら、遠くから二人に向かって言いました。「おれは、おまえたち二人を祝ってやる! おまえが持っている弓矢と大刀で、お前の兄神たちをやっつけて従わせ、須勢理姫を嫁にして、大きな宮を建てて、偉大な国主となって出雲の国を築け!」と祝福の言葉をおくりました。 こうして二人は出雲の郷をめざして出立し、立派な国つくりに励みました。

芥川龍之介は「老いたる素戔嗚尊」で、こう描いています。

【素戔嗚は「おれもお前たちを祝(ことほ)ぐぞ!  おれよりももっと手力を養え。おれよりももっと智慧を磨け。おれよりももっと仕合せになれ!」と祝ぎ続けた。この時、わが素戔嗚は、高天原の国を逐われた時より、八岐大蛇を斬った時より、ずっと天上の神々に近い、悠悠たる威厳に充ち満ちていた。

龍之介は老いたる素戔嗚に「力を養い智慧を磨いて文武を具え、人生の確かな幸福をつかめ!」と次の世代の船出を言祝ぐ老境の満足を吐露させています。龍之介の心に描く人生の理想がここに提示されています。私は30歳の頃、島根県浜田市出身の尊敬する上司 花田さんからこの話を聴き、素戔嗚尊と芥川龍之介がさらに好きになりました。

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