2024年10月6日日曜日

1-11. 古事記物語1「天と地の始まり」

 はるか遠い昔、世界の一番初めの天と地の区別もないころ、高天原と呼ばれる天上の国に、世界の中心となる天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)が生まれました。続いて世界に色々なものをつくるタカムスビ神とカミムスビ神が生まれました。

この世界のはじめは、ただ天上に高天原があるばかりで、地は水の上に油が浮いているようなもので、クラゲのように頼りなく流れていました。そこに天にむけて勢いよく伸びていく神が二人生まれました。また油のようなものが次第に固まって地面らしくなる間に、男神と女神が7代にわたって生まれました。この一番後に生まれたのが男神のイザナギ神と、女神のイザナミ神です。そこで一番偉い神の天之御中主神は二神に命令しました。

「地面はまだ油のようにドロドロして固まっていない。だからお前たち二人で、人が住めるように作り上げなさい」

こういって綺麗な飾りのついた天沼矛(アメノヌボコ)を与えました。



命令を受けたイザナギ・イザナミ神の二神は、天と地のあいだに架っている天の浮橋の上に立って、海の上を見下ろしました。そして天沼矛を、油の漂っているところに突っ込んで ぐるぐる混ぜました。すると次第に油が冷えて固まるように形を成してきました。しまいに矛を海から引き上げると、その先から一滴また一滴と濃い潮がしたたり落ちて、積もり積もって島となりました。この島をオノゴロ島といいます。

二神は喜んで、新しい島へ降りていき、島の程よいところに太い天之御柱を立て、その周りに大きな御殿を作りました。そして二神で夫婦になろうと思い天之御柱を回って結婚式を挙げることにしました。



男神は柱の右から、女神は左から回り始めましたが、両方からやってきて顔を合わせた時に、まず女神の方が「あなたは、なんていい男なんでしょう!」と、続いて男神も「あなたは、なんていい女なんだろう!」と言われて結ばれました。こうして生まれたのは手足のない水蛭子でした。二神は悲しみ、その子を葦船に乗せて流されました。

二神は高天原に帰り天つ神に相談したところ、女神の方から声をかけたのが良くないと分かりました。さっそく二神はオノゴロ島に戻り、再び天之御柱を回って、今度はイザナギ神から先に「あなたは、なんていい女なんだろう!」、イザナミ神が続けて「あなたは、なんていい男なんでしょう!」と言われて結ばれました。そうすると次々と立派な国が生まれました。はじめが淡路島、次に伊予(四国)の島、隠岐の島、筑紫(九州)の島、壱岐、対馬、佐渡、最後に大倭豊秋津洲(本州)の八島です。そこでわが国の事を大八島の国というのです。



次に二神は、大八島に住むべき神々をお生みになりました。家の神、川の神、海の神、農業の神、風の神、野の神、山の神、船の神、食物の神などです。しかしイザナミ神は一番最後の火の神を生んだときに大火傷を負い、それが元でこの世を去り遠い黄泉の国に旅立ってしまいました。 

大事な妻に先立たれたイザナギ神は、身を悶えて男泣きに泣きました。妻の亡骸を葬ったあとも悲しみは募るばかりで、こんな不幸の原因になった火の神の首を腰の剣で切りました。すると火の神から炎がほとばしり沢山の神が生まれました。武器の神、雨の神、などの16神です。そんな腹いせをしても悲しみは消えません。どうしても妻に会いたい気持ちを抑えられず、決心して遠い黄泉の国へイザナミ神を追いかけていきました。

すると黄泉の国のイザナミ神が住まわれる御殿の固く閉じた扉が開きました。そこでイザナギ神が「美しき我が妻よ、私とあなたが作る国はまだ出来上がっていない。一緒に帰ろう」と言われると、イザナミ神は「もう少し早く迎えにきてほしかった! 私は黄泉の国の食べ物を食べたので、この世界の住人になってしまいました。もう戻ることはできません。でもあなた様がせっかくいらして下さったのですから、何とか帰りたいと思います。黄泉の国の神々と相談してまいりますので、その間、決して私を見ないと約束してください。」と答えました。

それっきりで、もう声は聞こえてきません。あまりに待たされるので待ちきれなくなったイザナギ神は、約束を破って御殿の中に入りました。中は真っ暗闇ですので、髪の櫛を取り一本折って火をつけました。すると光に照らされた妻は、腐敗し蛆にまみれ、体からは恐ろしい雷神が生まれて怖い顔で番をしていました。 

驚いて怖くなったイザナギ神は一目散に逃げだしました。ところが醜い顔を見られたイザナミ神は「あなたは約束を破って、恥ずかしい私の顔を見たわね!」と黄泉の国の恐ろしい醜女たちに後を追わせました。

必死に逃げるイザナギ神は追いつかれそうになり、髪に巻いた蔓草を投げました。するとツタが勢いよく茂り葡萄の実がなり、醜女達は葡萄にむしゃぶりつきました。その隙をついて逃げますが、猛烈な勢いでブドウを食べつくした醜女達は、その後もしつこく追ってきます。そこでイザナギ神は髪の左右にさしていた櫛を投げつけると、今度は筍が生えてきました。醜女達は筍を抜き次々に食べますので、またこの隙に逃げました。 

 しかし追ってくるのは醜女達だけではありませんでした。八種の雷神と千五百の黄泉の軍勢も追ってきます。どれも怖い顔をした恐ろしい悪霊です。イザナギ神はようやく黄泉の国と現実の世界の境にあたる黄泉比良坂に差し掛かり、そこに一本のモモノ木を見つけました。急いで桃の実を三個取り投げつけると、どういう訳か、悪霊たちはすっかり勢いを失い逃げ帰りました。桃の実に助けられたイザナギ神は 桃の木に「私を助けてくれたように、地上のうつくしき人々が苦しみ悩むとき、同じように助けなさい」と仰せになりました。 (下の絵は、青木繁「黄泉比良坂」)


 ところが最後の最後に、イザナミ神が、腐り蛆がわいた自らの体を引きずりながら追ってきましたので、イザナギ神は千人がかりで漸く動かせるという巨大な岩で黄泉比良坂を塞ぎました。そうして二神は岩を挟んで向き合いました。イザナギ神が夫婦離別の呪文「事戸」を述べると、イザナミ神は「愛しいあなたがそのようなことをするのであれば、あなたの国の人々を一日に千人絞め殺しましょう!」と恐ろしい声をあげました。それに対しイザナギ神は「愛しき妻がそのようなことをするのであれば、私は一日千五百の産屋を建てよう!」と仰せになりました。かくして現世では一日に必ず千人が死に、千五百人が生まれるようになりました。

 このように、イザナミ神は黄泉の大神として、そしてイザナギ神は現生の大神として、全く別の道をお進みになることになったのです。

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