2024年4月1日月曜日

7. 原発事故調査報告書に学ぶ

                                                                              2011年12月30日   
 東日本大地震で福島原発に10mを越える大津波が押寄せ、電源喪失でコントロール不能となり、1・3・4号機が水素爆発を引き起こしました。東電や政府からは、『メルトダウンは起きていない。水位は保たれている。水素爆発後の放射能影響は直ぐに人体に影響がでるレベルではない』 と繰返し発表されました。 しかし最近の色々な調査報告から、3月下旬には東電や政府はメルトダウンの事実を把握しており、『無用の混乱を避ける』 という名目で公表を避けていた事実が10ヶ月もたって判明し、地元住民の生命や健康を二の次にした対応に大きな非難が集まっています。
東電や政府からは、今もって具体的な報告がなく、『一体原発の状況はどうなっているのか?これ程の大事故に発展したのは何故か?』 という疑問や不信感が募る中、20117月に発足した『政府原発事故調査・検証委員会の中間報告』 が発表され、目をそむけたくなるようなお粗末な事実が浮き彫りになってきました。
この調査委員会の委員長は『失敗学』の権威、畑村洋太郎・東大名誉教授で、『100年後にも立派に通用する徹底した事故調査・問題提起・対策立案を目指す』 と述べられています。 是非徹底究明をお願いしたいところです。

456人の関係者からヒアリングし、700ページに及ぶ膨大な中間報告書ですが、NHKスペシャルで、とても分かりやすく解説されていましたので紹介します。 この中で指摘されていることは、巨大システムの中で生きる現代の私達にとって他人事でなく、私達一人ひとりに必要不可欠の視点・心構えとして、今後注視していく必要があります。

重大事故へと拡大した原因
畑村委員長・柳田委員のコメント
1.メルトダウンは何故止められなかったか?
    一号機は津波到達後、直流電源を喪失した。 こういうとき非常用復水器(IC)を使って自然冷却すべきところ、ICが機能不全に陥っていた事を誰も気づかなかった。
    当直は、ICが正常に作動していないと疑いICを停止したが、本部へ報告せず、関係者全員がIC機能不全に陥っている事を気づかなかった。
    三号機は、高圧注水系(HPCI)を運転し冷却していたが、当直が水量不足を懸念して停止した。別の冷却系統を動かそうとしたが、バッテリー容量不足で動かず代替冷却に失敗した。上層部報告も遅れ、結果約7時間原子炉への注水が中断した。
    バッテリー枯渇の懸念を全くしていなかった。
消防車の早期利用も可能であったが、代替注水に動くことはなかった。同本部に代替注水の必要性・緊急性の認識が欠如していた事が対応の遅れを生んだ。(その結果水素爆発に至った)

(1). 現場も本社も専門機関もシステムの本質を理解していなかった。 どこが盲点でポイントかの根源的な問題点が共有化できていなかった。 またアドバイスする立場にある東電本社・保安院・原子力安全委員に、そういう能力がなかった。
2. 『直流電源喪失』 が想定されていないので、そういう事態になったときどうなるかを誰も考えていなかった。 前提が間違っているので 後の対応がみんな間違っている。 『習熟不足というよりも、考えている中身が全く違う』 という状態だった。
(3) 責任者は 『想定外だった(だから仕方がない)』 と繰返すが、本来想定すべき事を想定せず不適切だった。 人間は考える範囲を決めないと正しくキチンと考えられない。 しかし一旦境界を決めると、その内側(想定内)はもの凄く考えるが外側(想定外)の事は全く考えなくなる。 その考えなかったところ(想定外)に事故が起きると、とんでもない大事故になる。 今回はそれが起こるべくして起きたものだといえる。

2.何故事故対応は混乱し、初動に失敗したか?
    原子力緊急事態対応の中心となるべき現地対策本部(オフサイトセンター)に放射性除去フィルターがなく、放射線量上昇ですぐ退去となり全く機能しなかった。 20092月に総務省からフィルター設置を勧告されていたが措置を講じていなかった。
    首相官邸が混乱し、官邸の指示・助言は殆んど役に立たず、悪影響を与えたものもあった。(代表例は1号機が空焚き状態の時、既に始まっていた冷却を、管前首相が停止させた。ただ現地所長は「海水中断」を演技して実際は冷却続行した。)
    官邸5階の関係閣僚等による意思決定が、地下設置の各省庁局長級危機管理チームに殆ど伝わらず、事故対応が混乱し、近隣住民の避難等、国民への情報提供にも大きな問題を生じた。
(1)本来災害時に的確な判断や指示が出来るのは現地である。しかし放射線の影響で環境が変化した時にどうするかも考えておかなければ何も出来なくなってしまう。 そしてその通りになり、現地では何も出来ず、遠く離れた首相官邸で全てを判断・指示することになって混乱を極めた。
(2) 大事な事は、個々に関与している全ての人が、自分は世の中からどういう事が求められていて、自分はこういう状態の時、何をしなければならないか』 を、自分に課せられた責務・使命だと思って、常日頃から考え行動している事が必要だ。
『言われたからやる。決まりだからやる』 という考えに染まっていたら、絶対本当の対応にならない。
3.何故情報が遅れ、被害拡大防できなかったか?
①住民の放射線被爆防止と避難の
 対応に不可欠な、初期モニタリング
 情報、データ等を速やかに公表しよう
   とする姿勢が、政府には欠けていた。
②放射能影響予測ネットワークシミュレー
  ションで、3号機爆発の放射能が北西
  方向に広がる予測が出たが、避難
   誘導には使われなかった。
 文科省・・・無用の混乱を招くと公開
                せず
安全委員会・・内部検討用とし不公開
保安院・・・首相官邸送付したが首相
       に不伝達
 ③315日に飯館村で政府機関が放射能レベルを測定したところ330ミリシーベルト/Hrと原発周辺の約3倍の高濃度であったが住民に伝えられず、避難誘導することはなかった。
(1) 公の仕事をしている関係者に、『住民の命と尊厳を重視する』という立場に立ってデータを公開・活用するという意識がなかった。住民の生命と健康を重視するなら、せめて放射能が流れていく方向ぐらいは伝えるべきであった。
(2) 『パニックを恐れる』 としていたが、これを防止する為には、事前の訓練を徹底して行うしかない。釜石の真剣な訓練を実施していた小学校では、ほぼ100%全員が生き延びた。
(3) 『訓練しても、うまくいかないのは何故か?』
形だけの訓練は、実際に何の役にも立たず意味がない。
『今起きている事のイメージが映像のように浮かぶ。そしてそれが関係者に共有化されている』 時に初めて避難行動が的確に出来る。その為の訓練は非常に意味がある。
4.巨大津波の備えは何故なかったのか?
    東電は『想定外だった』としているが、3年前に10m以上の津波の可能性を予測していたが、その対策費が数百億円かかる為『想定外』 とした。
    安院は東電からH21に『8.9mの津波の可能性』の報告を受け、ポンプ電動機の水没を懸念したが具体的措置を求めなかった。H23年1月保安院は10mを超える資産報告を受けたが、具体的対策指示をしなかった。 そして13mの津波が襲った。
(1)関係者から 『想定外』 という発言が相次いだが、厳しい状況を想定して必要な対策を打つのが関係者の責務だった筈だ。
(2) 50年前から 『システムアナリシス』 の考え方がある。 数百億円かかる対策が出来ないなら、次策として一番大事な配電盤だけでも水没しないように出来ないか、これなら10分の1以下で出来るはずだ。
3)人間は、都合が悪く考えたくない事は考えず、見たくないものは見ない。しかし想定外のところもチャンと考えることが必要だった。 『これが万一起きても何とかとんでもない酷い事にならないように出来ないか=減災の考え方』 がこれからは重要だ。

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