2026年10月1日木曜日

16.「北の国から」の麓郷の森

  北海道と言えば『北の国から』を連想する方が多いと思います。宮崎育ちの私は、小さい時から『雪国北海道』を異国のように憧れていましたが、そこでの厳しい生活は想像もつきませんでした。 

1981年10月から2年間、24回にわたって放送された『北の国から』、当時私は30歳代初頭の働き盛りでした。3年毎の異動・転勤が始まり「家族の為に逃げられない!」と必死で働いていた頃でした。家内も出産や育児で目一杯だったので、残念ながら番組名すら知りませんでした。

その後、数年に1回作成された8編のドラマスペシャルは 最後の『2002年・遺言編』まで、主人公の五郎と自分を重ねて 、身につまされながら視聴しました。また最近全24編がBSフジで放映され、初めて全体のストーリーを知りました。健気な蛍と弱っちい純を見ながら「子供って本当に可愛い。自分の子供がこの頃、俺は何もできず、子育ては全て妻に頼りっきりだったな・・」と深く反省します。

 「都会ではうだつが上がらず、妻に愛想をつかされ離婚した主人公の黒板五郎(田中邦衛)が北海道富良野市の麓郷原野の中で力強さを取戻し、2人の子供と真摯に生き成長する姿」は毎回涙々でした。

1.「麓郷」

「麓郷」とは、その名の通り十勝火山群の富良野岳の山麓・ふもとに広がる丘陵地帯です。真近に富良野岳が迫り『よくぞこんな火山近くの荒れ果てた土地を開墾したものだ!』と驚きます。

北海道の真中を横断する国道38号線で富良野市街を南下し通り過ぎて約10分、『麓郷』の標識を左折すると、水量豊かな渓流沿いに緑深い原生林の中に入ります。 『こんな山奥に、あの ”北の国から” の舞台があるのか?』と怪訝な思いになるころに、突然広大な畑が現れます。目の前には標高1912mの『富良野岳』が聳え立っています。 火山噴出物や土石流で覆われた荒廃の地を開墾した先人たちの苦労は想像を絶します。もちろん水田はありません。しかし開拓民は共に苦労する中で固い絆で結ばれて行ったことでしょう。

2. 「麓郷の森」

黒板五郎一家が住む「麓郷の森」は、この麓郷の畑の奥山林地帯にあります。

【“北の国から”番組概要】Widepepiaより

【第1話】

都会の生活になじめない不器用な五郎、都会派妻の玲子は夫に飽き足らず浮気、その現場を蛍と五郎に目撃された玲子は家をでます。そして半年後、東京が嫌になった五郎は、幼い純と螢を連れて、故郷の北海道の富良野で暮らし始めます。五郎が子供のころ父と住んでいた麓郷の廃屋を家族で補修し、電気も水道もない大自然の中での、三人だけの暮らしが始まりました。
母への不信から 田舎になじもうとする螢、どうしてもなじめない事情を知らない純。ある朝、螢は五郎に対し、自分たちがいなくてもここで暮らしたいのか、と問いかけるのでした。

【第14話】

 母:令子の病気は神経性のものである可能性が強く、純が東京に来てから少し良くなりました。令子はこのままずっと純を手放したくないという素振りを示しました。気持ちの優しい純は北海道の父:五郎に東京で暮らすと手紙を書きかけましたが・・北海道での半年間の原始生活で生きる厳しさや工夫して物を作る喜びを知った純には、流行を追ってまだ使える物をどんどん捨てていく東京の生活が以前ほど素敵には思えなくなっていました。それに気づいた純は、令子を気遣いながら北海道に帰るのでした。

【第24話】
 母の急死後、純には東京がそれまでと違った街に見えてきた。いつの間にかアメリカへ行ってしまった幼馴染の恵子。中学の受験のことしか頭にないかつての遊び友達。それを当然のこととしてハッパをかける先生。全てが純にはむなしく見えました。父の五郎と共に北海道の大自然の中で戦って生きてきた一年がいつの間にか純を変えていたのです。
 純は螢と二人で五郎の待つ麓郷に帰りました。五郎は完成した新しい丸太小屋で暮らし始めていました。母の死は、五郎にとっても純や螢にとっても大きな悲しみでしたが、ひ弱な都会っ子だった純もその辛さに耐えていける強さを身につけていました。

ドラマの舞台となった4つの家

「第1番目の家」

原作・脚本の倉本聰さんは、「生まれた時から文明の中にどっぷりとつかった今の子供たちが、自然の中で生きるということの原点に触れた時、「どのように考え、どのように育つか」そのことを見極める一つの実験を、この作品で試みたい」と述べています。その最初の舞台として、かって父親と自分が開拓者として住んでいた廃屋に戻るとこからスタートします。当然電気も水道も何もないガラス窓も破れた原野のポツンと一軒家です。

「第2番目の家“丸木の家”」

自分の力だけで建てた“丸木の家”、「純と蛍のロフト」を作り、この家で成長する2人との生活を楽しみにしていた五郎でした。
それが純と正吉の不注意で火災、、焼け落ちる我が家を呆然と見つめる五郎の姿は忘れることができません。

(恐らく我が家を火災で失った人は、同じ思いを抱くと思います。私は数年前に長崎FB友人の自宅・お店が火災に会った時、この絶望と力強く立ち直る五郎一家の姿が重なりました) 

自分が原因だと正直に告白する正吉、一方純は全てを正吉のせいにしてしまいますが、友人の正吉に「お前は汚い奴だ」言われ、段々と自己嫌悪に陥っていきます。

「第3番目の家」(最初の家に逆戻り 風力発電)

丸木の家が火事で焼けてしまったので、当然最初の家に戻ることになります。
ドラマで一番長く使われた黒板家です。 
 電気もない山奥の暮らしを何とかしようと、中学生になった純は廃材を集めて風車発電機を作り屋根に取り付けました。初めて黒板家に電灯がともりました。

「第4番目の“石の家”」

「2002遺言」で、純と蛍が独立して一人暮らすことになった五郎は、そこら中にある石を集めて「石の家」を作り、ここで暮らし始めます。どことなくスイスの山小屋風の垢ぬけたこの家は、いまもきれいに整備され、観光客の人気スポットとなっています。

0 件のコメント:

コメントを投稿