『神様が与える幸せの総和は同じ』と言います。
全身不随で生涯を送り心豊かに生き周囲や社会から尊敬を集めた人がいます。 「星野富弘氏」は、大学卒業後教師2か月の体育授業中に頸椎損傷、首から下が完全にマヒした状態で一生を送ることになりました。しかし
一方成績優秀で東大卒でも、社会不適応で引きこもり人生の人もいます。
私の近親者の息子は名門高卒業後2浪で念願の東大に合格しました。しかし駒場教養課程に3日出席しただけで無気力なプー太郎に・・当然成績が悪く本郷専門課程は6年かかり辛うじて卒業。その後もバイト程度の仕事しかできず、以後30年以上そのままで、50歳を過ぎた今も実家で“ひきこもり“です。小中高と東大合格目標の一点集中猛勉強で燃え尽きたのか?・・確実なのは親援助の気楽なその日暮らしに何の疑問を持たなくなったということです。50歳までノホホンと暮らしてきた人間に、親が何とか働かせようとしても不可能です。
80歳を過ぎた父親は、終末介護施設で少ない年金を気にしながら、プー太郎に小遣いを工面し歓心をひこうとします。「そういう過保護がダメ人間を更にダメにする」と何回説得しても聞く耳を持ちません。終末間近の親にしかできない真の責任は、「引きこもり中年息子が、徒衣徒食のまま親の死後にどうやって生きていくのか、これからの厳しい孤独な老後をどう過ごすのか・・」に向き合わせることです。 ・・明日から帰省して、3月入所させた近親者にそのことをわからせる3度目の施設通いの日々が始まります。
私が退職後も変わらず交流を続けている恩師・親友の殆どは工高卒の努力家です。 出光佐三氏は「白紙の力」として中卒・高卒社員に期待し絶賛しましたが、大卒社員に対しては「卒業証書を捨てよ」と言い続け、鼻持ちならないエリート意識を払拭させました。
代表的エリート大学 東大の健康相談室 亀口元教授の講演を聴き「エリート燃え尽き症候群の愚」について深く考えさせられました。 誰もが畏敬の念を抱く東大ですが、小学生から学習塾に通い『名門中学・高校合格を目指し、東大合格を目標』に勉学に打ち込み、念願かなって入学して『さあ これから何を目標に頑張るか?』と悩む学生が実に多いのです。
つまり自分の夢や希望を実現する手段として大学を目指すのではなく、『有名大学合格が最終目標となっており、大学合格で目標を見失ってしまう』
訳です。
また超エリート大学が飛びぬけて魅力的で進んだ講義をしている訳でもなく、文部科学省の定めた基準に沿ったカリキュラムで、2年間は一般教養主体に履修、成績順に応じて学部の専門課程が決まります。一般教養は『高校で学んだ事と同じではないか』と魅力を感じられなくて欠席する学生が多いと聴きます。
亀口元教授は、次のように東大生の精神状態を危惧していました。
『東大の学生3万人のうち、約80%以上が自分の目標を持っていない。気力を失い、不登校、重度のメンタル不全に陥っている学生が多い。 ”親の期待に応えよう” と頑張ってきた真面目な学生ほど、この傾向が強い。 親元を離れて入学し、初めて “自分が本当にやりたい事は何なのか?” に直面し、”本心からやりたいものは何もない!”ことに気付き愕然として悩む』 のです。
『これは東大生だけでなく、現代の若者が共通にかかえる深刻な問題だ。この悩みが昂じ他者へ向かえば『いじめ問題や、通り魔殺人・オーム事件・残酷殺人事件』などの凶悪犯罪、自分に向かえば『引きこもり、うつ病、自殺』と不幸になっていきます。その事に私達現代人は気付かなければいけない。この問題は今後、更に深刻になり拡大していくでしょう。』
『この問題は、学生本人だけをケアしても解決しない。家族・学校・職場仲間、集団を形成する夫々の場で、”自分は一体何がやりたいのか? ”仲間は本心で何をやりたいと思っているのか?”を感じ取る感性を取り戻すことが、緊急かつ最大の課題だ。』
『中国のエリート大学で招待され、講演・ワークショップをやってきたが、中国は更に深刻だ。 ”一人っ子政策”で、両親2人とその両親(祖父母)と同居して、その一人っ子に“6人の期待“がかかる。 優秀で真面目な子供ほど頑張って北京大学や精華大学などに入るが、燃尽きてポッキリと折れるように無気力になる学生が多い。重症のメンタル不全者も多い。』 (加えて現在は、大卒も就職が厳しく、無気力な「寝そべり族」が重大社会問題になっている)
(写真左)中国の受験塾
(写真右)親・祖父母からの叱咤激励で円形脱毛症になった2歳児
『問題への有効な対応は全世界に共通する。 家族を含めた体験学習で”過剰な周囲の期待に合わせる悪循環”を断切り、”自分は本当は何をやりたいのか?” に気付かせることだ』
『私(亀口教授)は、このテーマに30年以上取組み試行錯誤してきた。『家族単位、職場単位の仮想3人グループ作業による紙粘土を使ったロールプレイ(体験学習)』が一番効果的だった。現在東大の学生3万人と職員1万人の合計4万人を対象に「学生相談ネットワーク活動、支援型リーダーの育成活動」を展開している。3年以上展開してきており、その結果、メンタル不全者が確実に減少してきた』
考えてみますと、小学校低学年から、元気に遊びまわりたいのを我慢して全てを犠牲にし、勉強一筋で一流中学・高校を目指し、最終到達したエリート大学合格の後に『魅力的な将来の夢』が描けるものでしょうか?
もし描けたとしても、目の前の一般教養と成績順に決められる専門課程が、自分の夢実現と一致するでしょうか?
ここが亀口教授の懸念される問題の原点で、『一体自分は何がやりたいのか?自分は一体どういう人間か?』 を、もう一度最初から問い直し、構築する事が大事だと語られます。
もし自分の夢や将来を見つけ、その実現の為にという目的を持てば、元々優秀な頭脳の学生なので、全く違う展開になると思います。
これは『自分は将来何になりたいか? どういう生き方をしたいのか?』 という人間本来の根源的人生課題で、本来は子供の頃から考え取組む必要があります。しかし人生で最も重要な時に、『大事な人生課題を脇に置いて、良い成績や高偏差値重視の偏った教育に邁進させる、家庭や学校、社会全体の問題』と言えます。
私は以前、工業高校の採用活動と新入社員教育に携わってきました。
工業高校に学ぶ学生は『早く社会に出て働きたい。自分の手でものづくりをしたい』 という立派な人生目的を持っており、クラブ活動にも積極参加してチームワークを身につけています。また先生方も実の親兄弟のように厳しく温かく指導され、入社後も定期的に職場訪問されて、教え子が元気に働いているか悩みはないかをフォローされます。 こういう環境の中で学業も人間性もバランスよく育ってきた彼らは、実に真面目で素直で元気で友好的です。
唯一『ゆとり教育』の弊害で、専門以外の知識が薄い面はありますが、人間として大事な基本的素養は、むしろエリート大学出身者より優れていると感じます。 企業では基礎的仕事から確実に身につけ、チームワークを要する運転業務にも直ぐに馴染み、想定外の異常時でも臨機応変な判断・対応が可能です。 当企業では、近年現場の運転課長は殆どが工業高校卒で占められました。 『一隅を照らす(これ国の宝なり)』を感じるのは、こういう“叩き上げの現場の神様達” です。
他方エリート大学出身者は、既知の知識技術を覚える集中力や記憶力は抜群ですが、未知の想定外の問題解決や、全く新たな技術開発で必要な創造力、集団の力を結集するリーダーシップ力や困難に打勝つ強靭さが不足すると言われます。
工場での火災爆発など重大事故時に、冷静に指揮を執るのは高卒のたたき上げ係長でした。多くの大卒課長は、頭真白パニック状態になることが多く現場を混乱させるケースが多数ありました。
こういう傾向が強い「日本の有名大卒エリート達」が日本の政治・経済の中枢に居座って無為無策を続けてきたことが、日本の30年以上続く世界一低成長、閉塞状態や危機的状況を生み出しているのではないでしょうか?
まさに『人間に与えられた能力の総和は同じ』です。
従って夫々が自分の人生に目的(何のために)目標(何をどこまでやるか)を持ち頑張ることが大事です。私は退職後10年間、6つの大学のキャリア講師をやってきましたが、その一番力を入れたことは、自分の人生の目的・目標・手段をしっかり立てさせることでした。
『人生目的(何のために生きるのか?)』
『人生目標(人生目的のために、大学4年間で何をどこまでやるか)』
『その目標達成のために具体的手段は何か』
そのために大学4年間で、『自分の強み特徴を知り、生かし伸ばし、不得意な面に気付き補強していく』、『長い人生で、自分が果たしたい夢・人生目標は何かを模索し決める』、『その人生目標を実現できるように大学で学び、実力を磨く努力をする』
人間に不可欠な存在意義は『地域・社会に役立つ人間になり、社会貢献をすること』です。
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