2026年8月3日月曜日

1. 世界無二の歴史に学べ(出光佐三)

私達は、自分が生きてきた長さでしか歴史の年月は実感できません。     

10歳の子供には10年前は大昔であり、10年先は遥か遠い未来に思えます。しかし加齢と共にその物差しが長くなり、遠い過去と思っていた事が、実はすぐ身近に起きていたことを知ります。

私は10歳の頃、太平洋戦争は遥か遠い昔の出来事で、江戸時代 明治維新などの話と区別が付きませんでした。しかし戦後80年、75歳になるいま考えると、自分が誕生するわずか5年前に広島・長崎に原爆が投下され数十万人が一瞬にして消滅・死亡、東京大空襲などで全国の都市が破壊される日本民族初めての大国難があった訳です。東日本大震災・大津波が一瞬にして2万人を命奪い瓦礫の山と化した惨状が日本全土を覆っていたわけです。

その悲惨な戦争がいまウクライナ全国土を覆っています。私達日本国民は「世界を軍事3強国の独裁者達が談合で分割支配しようとする恐ろしい時代に生きている現実」をしっかりと捉え、賢く強い国を作上げ、家族・国民国土を守っていく責務があります。

80年前、太平洋戦争敗戦で日本は約310万人が戦死し国土は焦土と化しました。その中で最も力強く日本人らしく生きた偉人を紹介します。

国民の殆どが家族を失い住む家を失って、その日をどうやって生き延びるかで四苦八苦していたとき、会社資産の全てを失いながら、海外からの引揚者800名を含む従業員1000人を一人も馘首せず、仕事を探して生計が立つように死力を尽くした経営者がいました。更には世界中を仰天させた『イラン石油輸入=日章丸事件』を見事成し遂げ、日本奇跡の経済成長の元を創り100年に1人出るか出ないかの大人物と言われました。その名は「出光佐三」、終戦時60歳、日章丸事件時68歳でした。普通なら隠居して悠々自適の第二の人生を開始する年齢です。

『日本人にかえれ』は、そういう戦後の困難の中、無一文の中1000人の社員を抱えて乗り切り「戦後日本経済を創った一人」として称えられた出光佐三店主が86歳の昭和46年6月に刊行されました。それまでの人生で実践してきた根本理念が示されています。

事業が軌道に乗った昭和41年には帝劇ビルに本社を移し、毎朝8階の自室から皇居を遥拝されて執務されました。昭和45年には中堅社員に日本人としての在り方を自ら教育された「店主室教育」が始まった翌年の刊行です。「100年に一度の傑物」と尊敬された店主が、日本の心を失い迷走する戦後日本人の進むべき道を纏め教え諭された名著です。

 店主は大著「わが六十年間」全3巻を筆頭に数多くの名著を残されましたが、「日本人にかえれ」は、それらのエキスが凝縮され、日本人座右の一冊として一生大事にしたい名著です。

1.「日本3千年の歴史を基に建設にかかれ」

「日本人にかえれ」は、単なる企業経営哲学でなく、神代から江戸・明治・大正・昭和の時代背景、国際情勢を、店主独特の慧眼で俯瞰した『日本人の原典、人間学の指南書』です。碩学の渡部昇一氏は「戦後日本で一番尊敬する人」として出光佐三氏をあげています。その理由は「敗戦によって腰抜けにならなかった数少ない日本人」だからです。

冒頭の書き出しは、日本開闢以来初の大敗戦で国民全体が腑抜けになっている中で、店主は微動もせず終戦2日目に本社に集まった社員に対して訓話した『愚痴を言うな、日本三千年の歴史を見直せ、そして建設にかかれ!』 という檄から始まっています。

確かにその通りです。下の世界各国の歴史票を見ると、神話の時代から連綿と続く三千年以上の途切れない歴史を持つ国は日本しかありません。戦勝した米国は建国僅か250年の新興国。もともと住んでいた先住民2,000万人を虐殺して奪った土地にアフリカから拉致した黒人奴隷を牛馬のように酷使して作った人種差別の野蛮国家です。

「中国5000年の歴史」と彼らは胸を張りますが、実際は匈奴やモンゴルや満州人に支配された王朝が林立していった歴史に過ぎません。夫々の王朝は全く関係なく200300年毎に異民族に支配された歴史です。「中国」という名称でさえ100年前までは存在せず「中華民国」「中華人民共和国」を縮めて使い始めた100年に満たない国名です。本来は「秦、漢、随、唐、宋、元、明、清の異民族支配の ”China" 」と呼ぶべきで、夫々は全く異なる王朝です。


人種差別の米国が「日本人移民排斥法、石油禁輸、ハルノート」で、日本を戦争せざるを得ない状況に追詰めて開戦。310万人が戦死、日本中が瓦礫と化し、呆然自失した日本国民への占領政策は苛烈を極めました。当時貴族院議員だった佐三氏は『占領軍は、日本再起にとどめを刺し、日本の亡国化、日本解体を目指した。日本精神は完全に否定され、一夜漬けの憲法を押付けて一日にして議決させ、国民の意志は完全に無視された。これが何の民主主義か! と憤激しています。

(しかし80年経過しても、日本国民の大半は押しつけ憲法を後生大事にして疑問も抱かず、憲法は一字一句変更なく、任期中の憲法改正を確約した岸田政権は不人気で改正条文明文化さえ手つかず、かって自民党改憲案の2条削除を唱えていた石破氏は政権を握ると憲法改正は全く言及しなくなりました。)

大陸のソ連化・共産主義化を阻止しようとしていた日本を破滅させ、朝鮮戦争でようやく日本の戦いは自衛戦争であったことを知ったマッカーサー元帥。しかし時すでに遅く大陸は共産化され長い不毛の東西冷戦がはじまります。 その防波堤となるべく戦っていた日本を隷属化したGHQへの店主の怒りは終生変わらず、GHQ本部があったビルの隣に昭和41年建設する「帝劇ビル」に出資(東宝、出光、三菱地所)、5階以上を出光本社とし、8階西端皇居側で旧GHQ本部を見下ろす位置に自らの執務室「店主室」を置きました。その横並びに会長・社長・重役会議室を配置し、毎朝皇居を遥拝してから執務につきました。

 (第一生命ビル:旧GHQ本部)         (マ元帥が驚嘆した昭和天皇)

終戦後、第一生命ビルにGHQ本部を置いたマッカーサー元帥は、9月11日東条英機以下37名を戦争犯罪人として逮捕。前日アメリカ議会では昭和天皇を戦犯とする決議案が提出されています。こういうなか昭和天皇はマ元帥に会見を求めます。これは9月27日にGHQ本部を訪問した時の会見前写真です。藤田侍従はこう書き残しています。 【・・陛下は、『敗戦に至った戦争の、いろいろな責任が追求されているが、責任はすべて私にある。文武百官は、私の任命する所だから、彼らには責任がない。私の一身はどうなろうと構わない。私はあなたにお委せする。この上は、どうか国民が生活に困らぬよう、連合国の援助をお願いしたいと語られた

一身を捨てて国民に殉ずる天皇のお覚悟を聴いたマ元帥は、強く感動し態度が一変、回顧録に次のように記しています。「天皇の話はこうだった。『私は、戦争を遂行するにあたって日本国民が政治、軍事両面で行なったすべての決定と行動に対して、責任を負うべき唯一人の者ですあなたが代表する連合国の裁定に、私自身を委ねるためにここに来ました』 ・・大きな感動が私をゆさぶった。死をともなう責任、それも私の知る限り、明らかに天皇に帰すべきでない責任を、進んで引き受けようとする態度に私は激しい感動をおぼえた。私は、すぐ前にいる天皇が、一人の人間としても日本で最高の紳士であると思った( マッカーサー回顧録1963)

こういうわが身の犠牲もいとわない尊い昭和天皇とマ元帥の会見=日本の歴史始まって以来の重要な場面を、戦後80年近く日本の歴史教科書は全く取り上げてきませんでした。そして今年、この会見を詳細に記述した「不合格 中学歴史」(令和書籍)が、6年の検定を経て初めて合格となりました。市販されており (アマゾンでも購入可)是非全家庭に一冊常備してほしい、待ちに待った「日本の歴史教科書」です。これを見ると文科省の検定は、まるで戦後GHQ指示の黒塗り教科書です。「文部科学省検定 不合格基準の不透明さ、検閲の理不尽さ、歴史形骸化意図」、「本来子供の為に立派な教科書をつくる立場のはずの文科省の堕落・劣化」がよくわかります。



2.三島事件と店主

この国民の情けない精神的堕落を覚醒させようと、昭和451125日に起きたのが『三島由紀夫事件』でした。三島と同じ思いだった店主は、なんと三島由紀夫の葬儀で弔辞を述べられています。(P173

『・・あなたは日本民族を三千年の伝統を誇る尊い日本人に返そうとして、死をもって教えんとなさいました。しかも日本民族独特の武士道に則り、切腹という尊い道を選ばれました。日本人はこの尊いお姿に接して愕然として目覚めました。日本の青年は自問自答しつつ本来の日本人にかえらんとしていますから、どうぞ安んじてお眠りください・・・』



3.青年への期待

出光佐三店主は今後の日本を青年に託し『戦後、大衆、政治、教育、産業、文化は退廃し、日本精神は虚脱した。 頼むは純なる青年のみである。青年よ、明治時代を凝視しつつ新しい日本を作れ!』と期待し「日本人にかえれ」を刊行し、10年後に96歳で逝去されました。この名著発刊から50年、店主没後40年経過しましたが・・果たして世の中は店主の期待通り進んでいるでしょうか?  果たして青年は店主が期待されるような存在だったでしょうか?

会社では昭和45年2月に入社12年目中堅社員教育があり、研修生からの質問が出光の根本から乖離していることに驚いた店主は、すぐに稲用人事部長を呼び出し『一体君たちは何を教育しているのだ。これから若い者は僕が教育する! 』と大変な剣幕で激怒、2か月後の4月に第一回目の店主室教育がスタートしています。 前出の中堅社員教育受講者は再招集・再教育され『君たちは出光のガンになっている。これから帰店したら 我が45年間“ や出光50年史を心眼を開き眼光紙背を徹す姿勢で研究し実践せよ!』と叱咤されたそうです。(光友会々報59号:H20年吉田保之さん随筆) 右は第20回店主室教育



この本が編集されるころ、私は大学3年で大学紛争真只中、『占領軍に捻じ曲げられた戦後教育』で育った全共闘世代です。S46年出光内定し送付された店主の書籍3冊のうち『マルクスが日本に生まれていたら』を読みましたが、よく理解できず反感が大きく途中で投げ出してしまいました。そして出光入社後も製造現場主体の40年間を過ごし「日本人にかえれ」は、どこか遠くの掛け声に聞こえていました。 

4.日本の教育環境の堕落と危機 

製造現場で技術面の仕事に打ち込むことが『真に働くこと』と思っていた私でしたが、40歳代になって長女の高校進学で大変なショックを受けました。千葉県一の進学校に合格したことを無条件に喜んでいた私たち夫婦は、入学式で全身にバケツで冷水をかけられたようなショックを受けました。式次第の冒頭『国歌斉唱、一同起立!』の号令がかかったのに先生方は誰一人起立せず「君が代」を歌わないのです。 生徒はどうしたら良いか分からず、シーンと静まり返った中でピアノ伴奏だけが鳴り響いています。今まで見たこともない異様な入学式でした。『これが東大合格者を何十人も出す千葉県立高トップの進学校なのか!こういう中で学び東大に進学し、霞が関で日本中枢の国家公務員になっていく日本は、一体どんな国なのか?』 と、愕然としました。これは全国の有名進学校となるほど顕著となる風景だと聴きます。



それ以来、初めて『日本の常識、戦後の歴史教育』に疑問を持ち、色々な本を読み漁り、それまで常識と思っていたことが全て真逆であったことを知りました。そして『南京事件や従軍慰安婦問題』が、全て朝日新聞の捏造報道で始まり世界に拡散していったこと、マッカーサーやフーバー元大統領やフィッシュ元上院議員などが第二次世界大戦はルーズベルト(狂人と表現)の陰謀により引き起こされた』 と終戦後総括していることを知りました。 ルーズベルトは、開戦前から『日本の戦後処理はカルタゴ滅亡を手本に、近代技術を徹底破壊し、農業しかできない太平洋小島国に没落させることを戦争目的』にしていました。その遺志通りGHQWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)で徹底的に思想教育し、日本人を骨抜きにすることに成功しました。



昭和26年のサンフランシスコ講和条約締結で独立国となった後も更に浸透し、店主が終戦直後に警鐘を鳴らされた『占領軍が目指した、日本再起にとどめを刺し、日本の亡国化、日本解体』は、いまや 『日本人の誇りを失い、強国に媚びへつらい、無責任で権利だけ主張し、何を言ってもとがめられない政府・体制批判に明け暮れる国籍不明の情けない国』 になっています。一番の危機は、日本人の心の荒廃です。

5.私達国民全員の課題 「日本人にかえれ」

退職後大学キャリア講師を10年間、学生600名と接しながら古希を迎え、初めて85歳の店主が言われた『青年は素晴らしい。青年よ、明治時代を凝視しつつ新しい日本を作れ!』 の真意が分かってきました。

終戦後25年経過し高度成長期を築いてきた優秀な12目社員を『君たちは出光のガンだ!』と中堅社員教育で叱り飛ばした店主の本当の思いは、『国家に示唆を与えるべく真に働き続けた僕の人生も残りわずかだ。僕の真意を引き継ぎ、純粋な若者を育てるのは君達だ。性根を入れてこの大仕事に真正面から取り組め。あとは任せたぞ!』 という叱咤激励だったに違いありません。そしてそれは「日本人にかえれ」が日本人全員に向けて書かれており、読んだ夫々が自らの課題として受け止めるように遺言されたのだと思います。

6.日本人精神の原点は 『古事記・日本書紀』

店主が凝視せよと言われる『素晴らしい明治時代』を作ったのは、江戸時代の藩校や寺小屋で幼いころから『清廉潔白、感謝報恩、滅私奉公、一致協力、互譲互助』など人間の基本を学び鍛錬した人たちです。 



また第一次世界大戦で日本は戦場とならず、濡れ手に粟の巨利を得たことが、大正時代の金権主義や昭和初期からの傲慢無知を生み、第二次世界大戦大敗北の原因となりました。その未曽有の大敗北で日本人は腑抜けになり、明日を生きるのにも苦しむ逆境を乗超え高度成長を達成したのは、戦前の教育勅語や尋常小学校教育で鍛えられた国民が不撓不屈の精神で頑張ったからです。まさに店主の言われる 『逆境に楽観せよ、順境に悲観せよ』 を歴史が証明しています。 

ならば『自己中心・視野狭窄・強権追従の現代人はどうすればよいか?』 ・・まずは、1300年間日本人が大事にしてきた『古事記・日本書紀』を歴史教育に復活させて心の糧とし、聖徳太子の十七条の憲法、特に一条の『和を持って貴しとなす』に立ち返り、「真の日本にかえる」ことが不可欠です。 



しかし左傾化が定着した文科省・学校教育(日教組)の改革を望むのは『百年河清を待つが如し』です。その間に日本人の心は完全に消滅してしまうでしょう。

夫々が今すぐ始められることを開始し、また出光本体に働きかけて『開かれた、SNS活用した広報活動で、日本人の心の復活』を推進していくことが必要で、出光OBとして、長く祖先の恩恵を受けて生きた日本人として、その一端を担うべく、次のような取り組みが必要ではないでしょうか。問題意識・志を同じとする諸氏と、是非連携して取り組んでいきたいと思います。

「古事記」・・分かり易い現代語版のブログ・FB発信&、現代語訳【「古事記」:福永武彦、「漫画古事記1~7」:久松文雄】購読 のすすめ

➁公開SNS で「日本人にかえれ」情報発信・双方向交流 (ブログ、FB etc.

地方の歴史塾(寺小屋)模索、子供会、学童保育などで、『古事記』 等の勉強会開設テキスト⇒ 『尋常小学校国語・歴史・修身』 や 『中学歴史(令和書籍)』 『魔法の糸(米国道徳読本)』『言思四録』:佐藤一斎、『啓発録』:橋本左内、中江藤樹、二宮尊徳、大塩平八郎等

7.出光佐三氏の「生涯現役」の生涯

今日本の平均的定年は60歳。豊かな現代でも『年金破綻、年金満額支給開始の65歳まで特に不安』 と定年後も再雇用・勤務延長が当たり前になってきました。しかし少子高齢化で『老後の生活は保障されるのか? 心細い老後をどう生きるか?』と心配は増します。・・そういう初老期に、会社資産を全て失い1000人の生活を背負う事になった訳です。『海賊とよばれた男』 (百田尚樹:著 講談社)は『戦後建設は死ぬより苦しいものと覚悟せよ』と檄を飛ばした出光佐三氏後半生を描いた驚愕の史実小説です。大混迷で強いリーダー不在の現代、あらゆる階層の人に読んで欲しい本です。上下2巻の大著ですが、次から次から襲い掛かる困難を中央突破する迫力と面白さに一気に読了する事ができます。

詳細内容は小説に譲り、佐三氏の年齢に沿って年表を整理してみます。

194560歳)大東亜戦争(太平洋戦争)終結

  海外資産全てを失う。二百数十万円の借金。

 8月15日 「終戦の詔勅」を聴き帰京

 8月16日 瞑想、   8月17日 訓示 

   ①愚痴を止めよ、

              ②三年の日本歴史を見直せ

      ➂そして今から建設にかかれ」    

       800人の引揚者 「一人も首は切らない」と宣言し全員収容

1946年(61歳)ラジオ修理 全国50店⇒石油販売拠点、タンク底作業 

1949年(64歳)元売指名⇒1951年 日章丸就航(戦後初 自社運行船)

195368歳)イラン石油輸入(日章丸事件)

       英国海上封鎖の中 イラン国有化石油を世界で初輸入

1957年(72歳)徳山製油所竣工⇒1963 両陛下徳山視察 

196378歳)千葉製油所竣工(1月)⇒新潟豪雪でも、

   石油業法の生産調整⇒ 供給不足に抗し石油連盟脱退

 

1967年(82歳)千葉製油所2期拡張⇒世界初の重油脱硫装置

1973年(88歳)北海道製油所竣工

1975年(90歳)愛知製油所竣工⇒国内最後の新設製油所

1981年(96歳)逝去  昭和天皇御製                     

光佐三氏が経営の根幹とした 『人間尊重、家族主義』 の真髄は、終戦時「家族を首にはできない」と800人の引揚者を一人も馘首せず、生活費と手紙を送り『仕事は必ず探す』と約束し実践した事ではないでしょうか。この時丁度60です。 

②そして意気消沈していた日本人が再び自信と誇りを取戻した『イラン石油輸入の日章丸事件』。会社にたった1隻しかなかった外航船を経済封鎖中のイランに差向け、『例え拿捕・撃沈されても日本人の心意気を全世界に示す』と決断・実行したのが68です。 

72歳で当時国内最大の徳山製油所を作り、6年後千葉製油所建設.しかし石油業法で生産枠を50%に制限され、冬の大雪時に消費者が困窮しているのを見かねて石油連盟を脱退。国や業界を相手に一歩も引かず『消費者本位』を貫いたのが78です!

96歳で逝去された時、昭和天皇は店主を偲び和歌を作られました

『人の為、ひとよ貫き尽したる、君また去りぬ、さびしと思う』

『共に戦前戦後の未曾有の国難を全身全霊で生抜き指導し、日本人の誇りを取戻し繁栄を築いてくれた戦友の死がさびしい』 という昭和天皇の深い悲しみが溢れています。(歴代の天皇が一般人の死を悼んで和歌を詠まれる事は例がないそうです。)




      

1. 高市政権の驚異的9カ月・特別国会

  高市首相は「働いて働いて働く抜きます!」と確約しました。

 政権発足後9カ月、「日本再生・積極財政」を公約に政権選択総選挙を行い、315議席と圧倒的支持を獲得した特別国会5カ月間で64法案をすべて可決しました。長く懸案だった重要法案を、これほど短期間で片端から成立させ、さらに国際的にも自由主義圏のホープとして米欧・東亜のリーダーから信頼を得て頼りにされている首相は、安倍元首相・高市首相をおいて他にはいません。

睡眠時間を殆ど取れないほど、特別国会で公約実現に向けて頑張った高市首相に対して「口先だけで何もやっていない」と非難・批評する人々は、まともな人間ではありません。私達は日本嫌いの左翼・メディアの偏向報道やフェイクニュースに惑わされてはいけません。30年以上続いたデフレ・低成長脱却を力強く牽引している高市政権を支え、それぞれの役割責任を果たしていきましょう!

 7月27日、特別国会終了後の記者会見で、首相自ら語った「高市政権9カ月の実績」を整理して紹介します。ぜひ確認し長く記憶に残したいものです!

高市政権9カ月の実績 (20260727高市首相 記者会見から)

 昨年7月の参議院議員選挙の時、私は全国各地の若い方々から自民党(当時石破政権)の政策には夢がない」と言われました。物価高、米不足、産業の競争力低迷などの中で、「日本全体を覆っている何とも言えない閉塞感」を痛感し、国民の皆様の「今と未来への不安を希望に変えたい。若い方々の働く場所があるようにしたい」 と、自民党総裁選に再挑戦決意しました。 
 世界は大きな転換点。中東のガザ情勢が地域全体へ波及し、ロシアのウクライナ侵攻は長期化。先進各国は「市場任せ」から「官民で連携した戦略的な産業政策」へと大転換しています。

日本も、歴史的な変化を直視した国家戦略不可欠の危機的状況中、私は自民党総裁選に勝ち、内閣総理大臣として臨んだ今年2月の政権選択選挙で、進退をかけた政権公約として「責任ある積極財政に転換し、いま重要な政策転換に挑戦しなければ間に合わないと強く訴え、315議席を獲得」、重要な政策転換をやり抜いていけと国民の皆様に力強く背中を押され、「公約を着実に実現していくことが使命である」と、この特別国会を走り抜けてまいりました。

1.今国会で全ての政府提出法案64本が成立

「産業競争力を高め、国民の命や暮らしを守る重要な法律」が数多く仕上った。

◎『改正皇室典範』

◎『副首都関連法』

◎『国家情報会議設置法』
〇『改正産業競争力強化法』・・地域投資、AI等戦略技術支援を抜本強化
◎『太陽光パネルリサイクル法』・・メガソーラー事業者への廃棄物規制導入
〇『改正健康保険法』・・出産費用自己負担の無償化

〇『改正高校就学支援金法』・・高校無償化
〇『改正下水道法』・・老朽下水道施設の更新推進
〇『防災庁設置法』・・地震等自然災害から国民を守る為、防災・災害対応司令塔機能の一元化
〇『改正犯罪収益移転防止法』、『改正携帯電話不正利用防止法』・・犯罪防止や治安の確保のためトクリュウの撲滅に資する  など

2.「物価高の対策」=昨年10月の高市政権発足以来の最優先課題
 特別国会の開会直後、米国によるイラン攻撃をきっかけとして中東情勢が不安定化し、ホルムズ海峡の封鎖により、世界、そして我が国の物資供給に混乱が生じた。高市内閣は国民の命と暮らしを守り、経済活動に支障を生じさせないよう、全力で対応に当たった。
「中東情勢に関する関係閣僚会議」を計11回開催、臨機応変に施策を講じ、原油やナフサの代替調達の確保、原油や医療用手袋の国家備蓄の機動的な放出等により、「全体として必要な量」をしっかり確保するとともに、流通の目詰まりに1件1件丁寧に対応し解消した。例えば、
〇塗料・シンナー不安・・メーカーから工務店等に直接販売導入で8割以上減少。
〇医療用手袋不足・・要請に基づく配布対象の医療機関の数が9割以上減少。
〇緊急的激変緩和措置・・ガソリン、軽油、重油、灯油等の補助実施。欧州では300円を超えているガソリン価格を日本は全国平均170円に抑制、公共交通や農林水産業などを支えた。

〇電力・ガス料金・・7月から9月の使用分について支援を実施。

〇1世帯当たり標準的に8万円超の支援を盛り込んだ昨年末の経済対策の執行が進行

◎4月にガソリン暫定税率廃止

〇「物価高対応子育て応援手当」・・全ての市区町村で「こども一人当たり2万円支給開始」

〇「重点支援地方交付金」・・昨年度補正予算から今年6月に全ての市区町村で一部事業開始「8年度補正予算分」の次回交付決定は「8月下旬」に予定。

〇「診療報酬改定」、「介護報酬改定」、「高校無償化」、「学校給食の抜本的な負担軽減」、中小企業・小規模事業者の賃上げ環境の整備など、「広範な物価高対策」・・補正予算や今年度当初予算で実施

さらに、今年の年末には所得税減税により納税者お一人当たり3万円から6万円をお戻しするなど、今後お手元に届く物価高対策の施策も数多くある。

3.経済対策の効果
 こうした施策の効果もあって、日本経済は音を立てて動き出しつつある状態
◎我が国の「物価上昇率」は「1.7 %」とG7で一番低く抑えられている
「実質賃金の上昇率」は「1.8 %」とG7で最も高い水準にある。。
◎「実質賃金伸び」は5か月連続で前年同月比プラス、春季労使交渉の結果が3年連続で「5%」を上回る増加となるなど、明るい兆しが見え始めた。
 今後も「中東情勢等対応予備費」2.5兆円も活用しながら、臨機応変に必要な物価高対策をしっかりと講じる。

4.『政権公約』の進捗状況

(1) 中低所得者の負担軽減

〇「給付付き税額控除」と、つなぎの支援「飲食料品の消費税引き下げ」の検討。現在「社会保障国民会議」の「実務者会議」で議論中。 国民の生活に関わる重要なテーマで、意見の隔たりが大きく慎重な議論が続いているが、その結論を得た上で速やかに法案を提出し、国民に早く「負担軽減の効果」を早く実感できるようにしたい。

〇「社会保障」も、「現役世代の保険料率の上昇を止め、引き下げていく」との方針、「給付と負担」の改革努力を継続するべく、年度内に改革の具体化と工程の明確化を図る。

(2)「重要な政策転換」
・「責任ある積極財政」
・「政府のインテリジェンス機能の強化」
・「安全保障政策の抜本的強化」

・危機管理投資・成長投資を促す『日本成長戦略』及び『地域未来戦略』取り纏め
・「国家情報会議」及び「国家情報局」の設置、「対日外国投資委員会」の創設
・「防衛装備移転三原則」におけるいわゆる「5類型」の見直し
・日本が誇る農林水産物や加工食品の輸出促進、
・人材力強化に向けた教育の質向上や若者支援、
・人材総活躍に向けた子ども・子育て支援、
・女性の生涯にわたる健康支援、
・攻めの予防医療、
・人口減少への対応、
・エッセンシャルサービスの確保、
・事前防災・予防保全、
・災害復興、
・治安・安全の確保、
・「外国人との秩序ある共生社会」の実現。
 高市内閣が一貫しているのは、「責任ある積極財政」によって「日本と日本人の底力」を引き出し、「国力」を強くし、国民の暮らしを豊かにすること。「責任ある積極財政」を予算編成全体に反映する初めての予算となるのが「令和9年度予算」です。「責任ある積極財政 元年」です。
 我が国の「潜在成長率」は主要先進国と比べ低迷していますが、日本の力が失われたわけではありません。日本人の底力」を信じ、大きく育て、日本の成長へ結びつける「投資」や、「国としての意思」が十分ではなかったのです。

 世界は「国が一歩前に出て、官民が一致協力して重要な社会課題の解決を目指す新たな産業政策が大きな潮流」となっています。今この大転換に挑戦せず、「未来への投資を先送り」すれば、日本の「技術、人材、産業基盤は弱まり、成長の機会を失ってしまいます。」
 挑戦しない国に「未来」はない。守るだけの政治から「希望」は生まれない。
 長年続いてきた「過度な緊縮志向から脱却し、国内投資を起点として日本を成長軌道に乗せる」ためには、今、直ちに取り組まなければ間に合いません。 

5.『日本成長戦略』と『地域未来戦略』・・「責任ある積極財政取組」の「羅針盤」
〇「半導体、造船」・・確実な「足元の収益源」
〇「フィジカルAI、植物工場、陸上養殖」・・他国に先駆けて実証を進め「次の稼ぎ頭」

〇「量子、フュージョン」・・未来に向けた成長の芽」として研究開発支援から始める
〇「「ノングルテン食品」、「観光資源」・・大きな潜在能力を持つ「地域資源」も多数存在

 こうした日本が持つ力を全開させるため、経済安全保障など様々なリスク低減の必要性」、「海外市場の獲得の可能性」、関連技術の国際優位性」などの観点から、延べ186人の有識者や企業関係者が参加して、産学官協調による議論を積み重ね、『日本成長戦略』として17の戦略分野、62の製品や技術に戦略的に絞り込んだ
「成長戦略」は、東京や一部の大企業だけでなく、大きな伸び代は「地方」にある。政府地方機関が自治体と連携して広域の『戦略産業クラスター計画』『地域産業クラスター計画』『地場産業成長プラン』を策定し、クラスターを形成する。

 単発の支援ではなく、複数年計画の下、政府が伴走支援しながら、「サプライチェーン」から「人材育成エコシステム」の構築まで、広域かつ質の高い「産業集積」を目指す。
 そして、「人材育成」、「サイバーセキュリティ」、「スタートアップ」といった『日本成長戦略』の8つの「分野横断的課題」を解決するための具体的な措置を着実に実施し、「17の戦略分野」と「産業クラスター計画」において先陣を切る「官民投資」を日本全国へと拡大する。

6.「責任ある積極財政」 ⇒「政府の予算の作り方」を根本から改める

「官民投資を最大限誘発」していくためには、企業や地方自治体が複数年にわたり、予見可能性をもって事業運営に当たることを可能とし、期待する成果につながる「必要な規模の支援を柔軟に提供」していくことが必要だ。そのために、

(1). 平時から必要な施策については原則「当初予算」で措置をする。「補正予算依存」から脱却し、事業者や地方自治体の「予見可能性」を高めていく。

(2). 「『豊かな日本』投資枠」・・国内民間設備投資や潜在成長率を大きく引上げる措置を創設

 この「投資枠」では、各府省が政策を提案する段階で、あらかじめの要求上限、所謂「シーリング」を設けない。「将来の成長」や「国民の安全」に必要な新しい提案を入口で閉ざさない。

もちろん提案事業が全て予算化するのでなく、予算編成プロセスで、「真に効果的な施策」を重点的に措置。「前例がないからできない」ではなく、必要な施策であれば制度や前例の壁を越え、「実現への道を切りひらく政府」へと変わる。

(3). 対象事業は「複数年度の計画に基づくもの」を基本とする。経済安全保障上特に重要な分野には、「特別会計で別枠管理を行う」こととし、複数年度で十分な財源を確保する。
従来は、「手をこまき未来への投資を先送り」していたが、高市内閣は「挑戦する」を選ぶ。
 「2040年度の国内民間設備投資250兆円、GDP(国内総生産)1,100兆円」を目指す。
 この「250兆円」は、経済界が、民間投資を強力に後押しする政府の方針に呼応して、従前目標200兆円に50兆円を積み上げたもの。またGDP成長率は、できる限り早期に実質1%超、名目3%超を定着させ、更に引き上げていきたい。
『日本成長戦略』と『地域未来戦略』で「官民投資」を誘発し、「供給力」を強化し、「雇用と所得」を増やし、「消費マインド」を改善し、「事業収益」が上がり、税率を上げずとも税収が自然増に向かう、「GDP拡大の下での好循環」を実現する。

(4). この挑戦は、野放図な財政出動ではない」
『官民投資ロードマップ』では、その進捗についてKPI(重要業績評価指標)を設定、5WHを明確化し、PDCAを回しながら効果がないものは柔軟に見直す。
 こうした挑戦に対して、『骨太方針から財政健全化という言葉がなくなった』とか、「積極財政によって財政規律が失われるのではないか」という指摘があるが、重要なことは財政健全化という言葉ではなく、「財政の持続可能性をどの指標によって確認し、どのような道筋で実現していくかを具体的に示すこと」だ。IMF(国際通貨基金)、OECD(経済協力開発機構)、世界銀行、EU(欧州連合)など世界の常識だ。

(5). 財政運営目標の中核は「債務残高対GDP比の安定的低下」

   中でも可能となる財政規模を精査し、「通年の国債発行額」などを具体化することなどを通じて、「財政の持続可能性」を確保する。実際、私の就任以降の予算編成においては、予算全体のメリハリをつけ、国債の新規発行額を抑制することができている。
 「成長力を高め、国民生活を守るために必要な投資を果断に行いながら、中長期的な財政の持続可能性も確保する。それが責任ある積極財政」だ。「成長」か「財政規律」か、という二者択一ではなく、その両方を実現することこそが、この言葉に込められた「責任」の意味だ。市場とのコミュニケーションを透明性高く、かつ、丁寧に行うことで、「市場の信任確保」も実現していく。高市内閣はこの「挑戦」を必ずやり抜く。

 (6). 「責任ある積極財政への転換」を進めるに当たり
  不安定化する世界情勢に目を向けると、「無人機の大量運用」などの新しい戦い方、サイバー

や 認知・経済領域への対応が急務だ。外国の情報機関員への「先端技術情報の流出」、また官民の重要情報を狙った「サイバー攻撃」、自国に有利なように世論を誘導しようとする「偽情報の拡散」など、我が国でも脅威は現実に生じている。
 そのため、「政府のインテリジェンス機能」と「安全保障政策」の強化、そして「力強い外交」にも全力で取り組んできた。「インテリジェンス機能の強化」につき具体的には
〇「国家情報会議」と「国家情報局」・・7月31日に設置
〇「対日外国投資委員会」・・既に設置し第一回が開催された
 しかし、これらは「インテリジェンス改革の第一歩」に過ぎない。
 「対外情報機能の充実」、「外国による不当な干渉の防止の強化」など、国民の皆様の「自由・人権」とのバランスに配慮しながら、検討を進めていく。

(7). 「安全保障政策の強化」
  いわゆる「5類型の見直し」により、我が国の防衛装備品への期待に応えることで、「同盟国・同志国の防衛力強化」、ひいては「紛争発生の抑止」につながるとともに、「有事の際の部品等の相互融通」も可能となり、我が国の安全保障の強化が実現される。

 そして、我が国を守り抜くため、新たな法人の設置などによる「防衛生産基盤の強化を始めとする抑止力・対処力の更なる向上」に向け、連立与党の提言も踏まえながら、年内の「三文書の改定の検討」を加速させる。不確実性・不安定性の高まる世界情勢だからこそ、同盟国・同志国との連携を強化していくことが重要だ。
 自由、開放性、多様性、包摂性、法の支配という原則に基づく「自由で開かれたインド太平洋、FOIP」を我が国のイニシアティブにより推進し、進化させていく。中東情勢を受けて高市内閣は、「進化したFOIP」の具体化の第一号として位置づけた『パワーアジア』を立ち上げた。
 アジアを含むインド太平洋の国々と原油等の調達やサプライチェーン維持のために協力を進めるとともに、アジア地域全体での「原油備蓄・放出システムの構築」や「エネルギー源の多様化」に取り組んでいくものだ。
 G7サミットにおいても、「重要鉱物の共同備蓄で連携していくこと」などを確認した。

最後に、2月の衆議院議員選挙で316議席という国民の皆様の大きな負託」を受けました。その責任の重さを、私は毎日噛みしめながら公務に向き合っています。 「約束したことは実現するために全力を尽くす」という当たり前のことすらできない政治では、国民の皆様の信頼は一瞬にして失われてしまいます。特別国会でも、選挙で国民の皆様にお約束した『政権公約の実現』に全力を尽くしてまいりました。そして、国会が終わってもなお、公約実現への歩みを止めることはございません。いや、むしろ、その歩みを加速していかなければならない。全てはまだ始まったばかりです。
 何かを成し遂げようとすれば、大きな抵抗もあるでしょう。
 しかし「公約実現」への私の思いは、決して揺らぐことはありません。
 高市内閣の更なる挑戦に、引き続き、国民の皆様のご理解とご支援を賜りますよう、改めて心よりお願い申し上げます。

youtube 高市早苗首相が会見 特別国会が閉幕(2026年7月27日)

1. 石油備蓄放出、出光丸がホルムズ初通過!

 イラン戦争から2カ月、ホルムズ海峡が封鎖され世界石油危機となっている中、4月28日に日本のVLCC ”出光丸” が初めて海峡を通過しました。

53年前の「第一次オイルショック」では、世界中が深刻な石油危機となり、国際原油価格は3カ月で約4倍に高騰しました。石油資源を持たない日本は、その教訓に基づき昭和491974)年に石油備蓄法を制定、本格的石油備蓄基地第一号として苫小牧市静川に「北海道石油共同備蓄基地」が建設されました。その後全国に計10か所の本格的な国家石油備蓄基地が作られ、現在 日本消費量の245日分、4,770klの原油および石油製品が貯蔵されています。つまり日本は需要90%以上のホルムズ海峡経由原油がゼロになっても、8カ月は持ちこたえられる訳です。

こういう仕組みを53年も前に確立し、いつ起きるか分からない国家存続危機に備え、「備蓄基地機能を遺憾なく発揮するよう日々訓練、出荷すべき時に安定確実に出荷できる設備管理(べき動管理)」に黙々と取り組んできた備蓄基地勤務の皆様に、心から敬意を表し感謝します。



実は私は、11備蓄会社のリーディング・カンパニーとして牽引する「北海道石油共同備蓄」に平成152003)年から3年間 勤務していました。今回の危機に対して、元同僚が「備蓄原油の緊急放出重責」を担い、日本の経済危機回避に尽力してくれていることに感謝し、誇りに思います。



 今回の石油危機は長期戦となる事を覚悟し、国家的抜本的対策が必要です。

歴史を振り返ると、第二次世界大戦以前の中東石油利権は西欧(白人社会)が支配していました。 大戦後石油業界はメジャー(国際石油資本)に支配され、イランの石油資源は英国のアングロ・イラニアン(現BP)管理下で、イラン国民は全く恩恵を受けていませんでした。これに反発した当時のモサデク政権は1951年に石油の国有化を宣言しました。しかし英国は国有化を認めず、ペルシャ湾に軍艦を派遣して海上封鎖、イタリアのタンカーが拿捕される国際事件が起きました。

 戦後日本で、外資と連携しない民族系の経営を進めていた出光佐三氏は、熟慮の末『①窮地に立つイランの救済、②メジャーへの反発、③石油の安定確保』ー の観点から、イラン石油輸入を決断、「日章丸」を神戸港から極秘裏に出港させました。日章丸は無線を切るなどしてアバダン港に入港し、ガソリンと軽油2万2000キロリットルを積み込み、英軍の監視をかいくぐり、昭和28年5月9日、無事に川崎に帰港しました。


 その直後、英米両国はCIAを使ってモサデク政権を転覆しパーレビ国王体制を樹立しました。 こういう歴史的経緯を経て、現在の米・イランの凄まじい敵対関係が始まりました。
 他方、巨大な石油メジャーに挑戦した出光興産の快挙は、敗戦から復興に向かう日本人に大きな勇気を与えました。イランでは今も「日章丸事件」が語り継がれ、日本への好印象の理由になっています。 在日イラン大使館のX(旧ツイッター)は29日、出光丸のホルムズ海峡通過には触れずに日章丸事件を説明し「両国間の長年にわたる友情の証として残っている。この遺産は今なお大きな意義を有している」と投稿しました。(産経ニュース)

 イラン対アメリカの特に激しい桎梏は、昭和541979)年2月の「イラン革命=パーレビ王朝打倒」、それを原因とする「第二次オイルショック」からです。それまでのパーレビ2世は「白色革命」を強行し、アメリカ資本による石油資源開発を推進、その利益を独占する独裁体制を続け、政治、文化、日常生活などあらゆる面で西欧化を進めていました。しかし国民生活は向上せず、対米従属に反発したイラン国民は、亡命していたシーア派最高指導者ホメイニ師を中心とする「イラン革命」で王朝体制を覆しました。革命政府は亡命した国王の身柄引渡しを要求、米国は拒否したため、革命支持のイラン人学生が激高し、テヘランのアメリカ大使館占拠事件が起き、2年間占拠が続きました。

それまでのアメリカ文化の模倣は否定され、厳格なイスラム規範を強要復活させ、裁判ではシャリーア(イスラム法)を適用、映画や文学、絵画もイスラム教義に沿ったものに限定、女性に教育は不要とされ 外出時はヘジャーブ(頭髪と肌の露出をさける衣服)の着用が義務づけられるなど、宗教色の強いイスラム原理主義政治が展開されることとなり現在に至っています。

「アメリカを追い出しイスラム原理に基づく統治にする」と言いながら、結局は全国民9,000万人の自由と人権を奪って、全人口の4%に過ぎない聖職者や軍人(革命防衛隊)が支配し特権を独占する最悪の独裁国家となってしまいました。国民の平和と幸福をもたらすどころか、以前にも増して貧困と恐怖のイランとなってしまいましたが後の祭りです。それだけでなく世界のテロ組織に武器・金銭支援を行い世界中の政権転覆を目指す恐ろしい国家です。日本のメディアはこの重要な背景を全く報道しません。

最近では、人権迫害や貧困への抗議デモに対する革命防衛隊の弾圧は過激さを増し、数万人の犠牲者を出すに至り、世界へのテロ輸出に対する国際的非難を受け孤立を深めていました。



 イランは、ハマス・ヒズボラ・フーシ・ISといった超過激テロ組織の後ろ盾国家です。イスラム原理主義による「シーア派世界支配・イスラエル消滅」を目標に、国民の生活は犠牲にしても軍拡・核兵器開発に邁進しています。加えて北朝鮮から導入した長距離ミサイルが、ロンドン・パリ・ベルリンはもとより米国本土迄射程に入る事態となったため、トランプ政権は先手を打ち、指導層と核・軍事施設の破壊を行いました。しかしイランの宗教指導者は何千人もいる為、米国友好国への反撃は手段を選ばず過激化しています。トランプは核開発の完全放棄・イラン独裁支配体制が覆り自国とイスラエルが安全となるまで攻撃をやめないでしょう。

こういう日本の国家存亡危機に、高市首相の与党が単独315席を獲得し、思い切った施策が次々発出されています。「命を懸けて日本の為に働きぬく高市首相」で本当に良かったと思います。 国民の圧倒的支持を得て、自信をもって画期的な政策を進め、今回の危機にも即座に1リッター当たり48円の補助金支給を開始し、16日から民間備蓄、24日から国家備蓄の放出を始めました。私の近所のスタンドでは、一時190円/L以上だったガソリンが、今日は会員価格150円に収まっています。

私も高市首相や、北共備の皆さんに負けぬよう、老体ながら「安全安心で暮らしやすい地域社会つくり」の為に、さらに精進・邁進したいと決意しています。またこれを機会に、日ごろ注目を浴びることのない「石油備蓄基地」、そこで働く人々・・「本当は発生して欲しくない国家エネルギー危機の出荷すべき時に出荷する(べき動管理)、常にモチベーションと設備管理を維持向上させる」という本当に根気のいる大変な仕事に、黙々と取り組んでいる奇跡の仕事人たち」について、数回にわたって紹介いたします。