2026年10月15日木曜日

16. 何故か懐かしい網走番外地

  50歳代で北海道勤務が決まった時、どうしても行きたかったのが『網走刑務所』です。今は監獄博物館ですが、「かって国内で最も厳しかった網走刑務所」を見てみたかったからです。その理由は・・若いころ、あの寡黙で正義感の強い高倉健が大好きで、理不尽な連中に我慢に我慢を重ね、ついには堪忍袋の緒が切れて『死んでもらいます』に心底惚れていました。

私は53歳で島流しになりました(笑)その背景は・・
 私の勤務した石油精製・石油化学の工場は、「運転(交替勤務)と保全(事故故障対応)が車の両輪」です。この両輪が簡素強力に機能しなければ、プラントは大きな鉄屑の塊です。
 昭和50年末、長引く不況対策として、外工事受注目的の工事会社=出光エンジニアリングが設立されました。最初は中々受注できないので、工場内の運転(興産)・保全(エンジ)と分離して、従来工場経費一括りだった保全費をエンジ元請売上げとしました。エンジ社員は本音では・・「同じ仕事なのに、従来直接運転課報告していた事故報告や工事完了報告を、一旦エンジ本社の裁可を受けて興産側に報告することになった。無駄な仕事が増え、クイックリスポンスの使命が果たせなくなった」と思いながら約20年我慢しました。・・その間バブル崩壊して、出光は2兆円超の有利子負債を抱え、ムーディーズに「投資不適格」の格付けされるという経営最難局・危機が訪れました。しかし出光の底力は社員も驚くものでした。色々な資産売却を行い経費を切り詰め、社員は給与減額、OBは企業年金減額までして2年間で有利子負債を清算するだけでなく、資本金2000億円超の一部上場会社となり経産省を始め経済界を驚かせました。
 こういう危機的状況では、創業者理念「生産者から消費者に直結し 無駄を省く=組織簡素化」が最優先すべきです。しかし私が所属したエンジ社長・幹部は「運転・保全別会社の現状維持方針」でした。そこで私は、直属部下と協力会社に問いました。『あなた達はどちらが仕事がしやすいですか?』その結果、
①部下40名全員=『クイックリスポンスの工場直属体制に戻してもらいたい』
②全協力会社所長=エンジ元請けは極めてやりにくい、我々元請専門業者に戻して欲しい』
この声をもとに、エンジ本社と興産本社に訴えて「運転・保全は20年前の姿に戻す一体化」が実現しました。そして私はエンジ本社出頭命令が出て、エンジ本社方針に反して行動した理由を問われました。(所謂 軍法会議です) 私は日頃現場保全員が本音で思っていることを述べ、約2時間一歩も引きませんでした。
〇出光佐三店主の理念に基き「簡素強力な組織」は当然の帰結である
〇社長・役職者の役割責任は、社員が働きやすいように行動すること
そして私は、北海道の関係会社へ異動になりました。エンジ社長・部長に逆らい、組合のない出光で組合委員長の様な非常手段をとった私は、他社なら解雇かもしれません。この時ほど『馘首がない出光は有難い』と感じたことはありませんでした。 私は北海道大好人間なので『健さんと同じ境遇になったので網走に挨拶に行かねば・・』という心境でした。網走刑務所の獄舎を一緒に訪れた家内がしみじみと『時代が時代なら、アナタは間違いなくここに入れられていたね!』と、夫婦ともに納得でした。(汗)

1.   網走刑務所「放射状獄舎」

放射状に5つの獄舎棟が立てられ、その扇の要の部分に『看守室』があります。凶悪犯の独房だけで、逃亡は不可能なように厳重に作られていますので、少人数の看守で効率的に監視できるように作られています。

2.網走刑務所の発端
 明治維新後の日本は、内乱による国事犯や政治犯が続出したため、監獄は過剰拘禁となっていました。同時に「富国強兵」を掲げて西洋列強と肩を並べるためや、ロシア帝国による脅威を防ぐためには北海道の開拓が重要でした。そこで明治14年に「監獄則」改正を行って徒刑、流刑、懲役刑12年以上の者を拘禁する集治監を北海道に設置し、囚人を労働力として使役させて、北海道の防衛と開拓を進める政策を執りました。また刑を終えた後は、北海道に住み着いてくれれば良いという考えもありました。

 明治の初期当時、北海道最大の問題は内陸部に幹線道路がないことでした。そこで、太政官の金子堅太郎は、道路敷設に囚人を使うことを提案します。工事は「10数里の密林の伐採」「険岨の山嶺を平坦に」「谷地の排水」など重労働ですが『どうせ悪人どもなので、重労働で死んだら死んだで、刑務所の金が浮く』という全く非人道的な発想です。
 明治22年、道庁は「釧路集治監」に道路敷設を命令。明治24年網走に「釧路集治監網走分監」が設置され、最終的に1400人が集められました。これが網走監獄の始まりです。明治24年の記録では、集められた収容者1200人のうち、強盗628人、強姦致傷232人、放火90人、謀殺(計画殺人)74人、故殺(思わず殺した)34人となっています。

3.石北本線生田原〜金華間の常紋トンネル(S45年頃 高校同窓生撮影)

北海道の発展基盤つくりに網走刑務所の囚人が貢献したのは間違いありません。しかし戦前の囚人労役は牛馬以上に過酷でした。札幌~網走までの中央道路工事は、明治24年の1年間で網走から北見峠まで約160kmが開通し、過酷な労働条件による怪我や栄養失調が続出、死者は200人以上となったそうです。 特に石北本線生田原〜金華間にある「常紋トンネル」は難工事で死者続出、請負人が慰霊碑を渋ったことから、今でも幽霊が出ると恐れられています。写真はS45年頃のトンネル前の急坂と蒸気機関車D51ですが、ここも囚人たちが作ったものです。

4.当時のままの網走刑務所入口

本当の人間かと見まがう門番の警邏官は人形です。フォームの終わり

5.獄舎監視所


放射状に建てられた5棟の獄舎の扇の要の部分に設置されている看守部屋。ここで全ての獄舎が見通せます。全て独房で、まず脱獄は不可能ですが・・それでも不撓不屈の工夫と粘り強さで脱獄した伝説の脱獄犯
2人がいます。

①『五寸釘の寅吉』
 数々の事件を起こし投獄された寅吉は、脱獄して質屋に盗みに入った時見つかり、二階から飛び降りた際に五寸釘(訳15cm)を踏み抜きそのまま逃亡したという武勇伝から『五寸釘の寅吉』の仇名が付きました。その後も犯罪を犯し、網走刑務所に無期懲役で入獄。絶対不可能と言われた網走から2度も脱獄しています。
②昭和の脱獄王『白鳥由栄』

昭和の脱獄王『白鳥由栄』が逃亡した時の様子が蝋人形で展示されています。白鳥由栄は収容先の刑務所で次々と脱獄事件を起こし、今日では「昭和の脱獄王」の異名で知られます。当時の看守の間で「一世を風靡した男」と評され、26年間もの服役中に4回の脱獄を決行、累計逃亡年数は3年にも及びました。
 青森、秋田刑務所で脱獄を繰り返し、難攻不落の網走刑務所に収監されました。ここでも、時折、看守の態度に腹を立てて、手錠を力任せに引きちぎり、そのため真冬に夏物の単衣一枚、夏には厚着をさせるという虐待を受けます。手錠や足錠は殆ど外されず蛆が湧いてくる対応に死を覚悟し、脱獄を決意します。 味噌汁の塩分で手錠と視察孔の釘を錆びさせた後に外し(味噌汁を視察孔の釘に吹き掛ける行為を一年間続けた)、関節を脱臼させ、監獄の天窓を頭突きで破り、煙突を引き抜いて1944年8月26日脱獄成功です。(3回目の脱獄。白鳥37歳)
 白鳥は、この後も、札幌、府中刑務所に収監。府中刑務所で白鳥は模範囚として刑に服し1961年に仮釈放。出所後は建設作業員として就労し、1979年2月、心筋梗塞で71歳の波乱の人生を閉じました。

6.上空からの網走刑務所

万が一脱獄しても、目の前には広大な網走湖、後輩地はヒグマの生息する広大な原生林・・とても逃亡できないような立地で、おとなしく真面目に服役するしかない最高に厳重な刑務所でした。

7.「食事風景」の蝋人形

食事は互いが親交を深めないように「教室スタイル」で、無言で食べる様に監視されています。(勿論全員蝋人形です)

8.『入浴の様子』の蝋人形

「ヤクザの殺人犯」など重犯罪者が多く、互いに交流(共謀)しないように、行動は全て一方通行で管理したようです。(背中の刺青が臨場感を醸し出しています)
 「次!」の号令で湯船の列は湯船を出る
 同号令で体を洗っていた列が湯船に入る
 同号令で待機中の列が洗い場で体を洗う」

9.明治時代の獄舎「三角小屋」の様子

中央の4人は食事中、食べ終わったら寝ている4人と交代です。もちろん私語は許されません。

10.明治時代の獄舎

この形、どこかで見たような・・そうです、知覧特攻基地の兵舎が全く同じだったという事に気付き愕然としました。網走の囚人は自業自得で仕方ないですが・・
終戦末期に「日本、家族を守る」と命を懸けて敵艦に体当たりした若者の最後の宿舎が、明治時代の最極悪犯獄舎と同じ作りの粗末な宿舎だったとは・・純粋な若者に対して、何と無慈悲な日本軍の幹部・上官たちだったことでしょう・・

11.「知覧特攻基地の三角兵舎」

 これは、「知覧特攻平和会館」にある、特攻隊員たちが出撃するまでの起居していた半地下式の三角兵舎を会館横の杉林に復元したものです。三角兵舎の中で隊員たちは、日の丸に寄せ書きを書いたり、故郷へ送る遺書や手紙を書いたりしていました。 大東亜戦争の敗戦濃厚で「比色濃厚な沖縄激戦を何とか挽回させよう!」と命を捧げる決心をした若者の最期の宿舎が、なんと明治期の網走刑務所と同じであったことに呆然としました。・・それを淡々と受け入れ、家族の命を国の命運をかけて飛び立っていった特攻隊の方々に、改めて感謝し尊敬の念を抱きます。

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