2026年10月25日日曜日

16. 『豪快で神秘的な支笏湖』

 今回は20年前、私が3年住んだ苫小牧市街から車で30分の『支笏湖の魅力』を紹介します。支笏・洞爺国立公園と命名されていますが、洞爺湖の優美で女性的な景観や国内屈指の温泉街に比べて、支笏湖は粗削りな男性的景観です。温泉も少なく大自然がそのまま残されており、四季折々の魅力にあふれています。私は中でも黄葉の支笏湖と、極寒の景色=『青々と湖水を蓄える不凍湖の支笏湖と 白く大きく聳える3兄弟火山(恵庭岳・風不死岳・樽前山)』の景観が大好きです。

1.ふたたび羽田から千歳空港に向かう苫小牧上空
 

左中段の純白の優美な山が最も新しい『樽前山1041m』、その右後ろが最も古い『風不死岳1102m』、湖の向こうが『恵庭岳1320m』3つの火山は南北に一列に並んでいるのが分かります。
 これは支笏湖カルデラ噴火の後に、南北に断層ができ、そこに同じマグマだまりから噴火した3兄弟の火山であることを示しています。

2.4万年前に支笏カルデラ大噴火

 この時の大火砕流は、札幌地区から苫小牧地区まで埋め尽くし、この当時太平洋側に流れていた石狩川を遮断し日本側へ流れ込むように変えました。

 支笏カルデラは噴火後の大規模な陥没でできた直径約12 kmの凹地で,そこに雨水がたまり支笏湖となりました。湖面の海抜は248 m,湖の最大水深は363 mで、湖底は海面よりも100m以上深いことになります。支笏湖は千歳空港から近く、その風光明媚さから、札幌圏の代表的な観光地となっています。

3.湖の向こう中央が『風不死岳1102m』

 約4万年前から火山活動が始まり、約8,500年前にマグマ水蒸気爆発、約4,500年前に水蒸気爆発が起き、その後は活動が停止して浸食がすすみ全山灌木に覆われています。風不死岳にはヒグマが生息しており、特に春先に冬眠から覚めた空腹のヒグマとの遭遇は極めて危険です。1976年6月、根曲竹のタケノコ狩りに来た4家族11人がヒグマに襲われ2名が死亡(熊に食べられていた!)という悲惨な事故が起きました。私も風不死岳には1回だけ登りましたが、それで十分だと思っています。

4.その左が最も新しい『樽前山1041m』


 約9000年前に活動が始まり、2回のプリニー式噴火により大量の火砕物噴出と火砕流が発生しました。約6000年休止の後約2500年前から3回のプリニー式噴火が発生し、火砕流、火砕サージを噴出後休止しました。 そして1667年、1739年に再び大規模なマグマ噴火が起きています。1909年(明治42年)の噴火では、山頂に大きな溶岩ドームが形成されました。写真でデベソのように盛り上がっている部分で、まるで大きな酒樽の木栓のようです。神様が「しばらく大人しくしておけ!」と、栓をしたのでしょう。きっと!

5.支笏湖対岸の『恵庭岳1320m』

約2万年前に溶岩流噴出により火山体の原型が形成、約1万5千年前に大規模なプリニー式噴火が起こり、10㎦の大量の火山灰や軽石を噴出しました。約2千年前に西側に溶岩が流れ、山麓のオコタンペ川を堰き止めオコタンペ湖を形成しました。17-18世紀には水蒸気爆発が継続、これにより山頂東部が崩壊し東西700m、南北500mの東側に開いた馬蹄形の火口が形成されました。写真でも白く噴煙が確認されている通り、また噴火する可能性があります。
 札幌冬季オリンピックでは、恵庭岳の斜面を切り開いて大回転スキーコースが作られました。『国立公園内の自然破壊』と非難する声も多かったのですが、今はすっかり元通りの原生林に戻って跡形もありません。

6.4万年前支笏カルデラ噴火後の3火山成長

 この3万年間、風不死岳・恵庭岳・樽前山の3つの大きな火山が生まれ活発な噴火を繰り返してきました。支笏湖の遥か深い地底では、大量のマグマが今も蓄積されており、樽前山の大噴火から約100年が経過した今、「ふたたび大噴火がいつ起きてもおかしくない」と備えることが必要です。

7.高い透明度の支笏湖

支笏湖は平地が少なく、温泉も小規模なため温泉街が発達せず、水質が良く澄み切っており、摩周湖と1・2を争う透明度です。この透明度を楽しもうとグラスボート、最近はカヌー・カヤックを楽しむ若者がふえています。かって雅子皇后陛下も支笏湖が大好きで、独身時代によく訪れられたそうです。

8.グラスボートからの支笏湖底

透明度が高く、この柱状節理の湖底が遠くまで見渡せます。しかし右側に目をやると、急に崖が切れ落ちており、奈落の底に落ちていくような深い闇へと繋がっています。

9.『水清ければ魚棲まず』

かって支笏湖は、その清冽な水質と、湖岸からいきなりの急崖で360mという水深から、魚は住んでいないと言われていました。しかし誰かが放流したのかもしれませんが、ヒメマスの群影が確認されるようになりました。グラスボートで毎回見られるわけではありませんが、運が良ければこのようなヒメマスの回遊と遭遇することもあります。澄み切った支笏湖で釣れたヒメマスを一度有名なそば屋さんで食べたことがありますが、『幻の美味』と噂されるだけあると感激しました。

10. 『苔の洞門』

1739年の樽前山の噴火活動によって生じた溶結凝灰岩が、土石流によって次第に浸食されることで作られた回廊状の涸れた峡谷です。 高さは約10m、エビゴケやエゾチョウチンゴケをはじめ80種以上のコケが密生している姿は幻想的で美しく、2014年8月には「日本の貴重なコケの森」(日本蘚苔類学会)に選定されました。 第1洞門(延長約420m)と第2洞門(延長約600m)がありますが、苔の洞門内部は落石や崩落の危険があるため、見学は苔の洞門入口に設置された観覧台までとなっています。

11. 支笏湖ビジターセンター近くの公園の紅葉

黄金色に輝く見事な紅葉が続く素晴らしい散歩道です。「こういう美しいところでずっと暮らしたい!」と思いますが、見事な紅葉は1週間も続きません。そういう短い命だから、ひときわ鮮やかなのでしょう。

12.同じく「支笏湖ビジターセンター近くの公園

どこもかしこも素晴らしく、何枚でも写真に撮って記録したくなりますが・・残念ながら本物の見事さは写真に写せません。

13.支笏湖から流れ出す千歳川の始点=湖畔公園

王子製紙は、この水量の多い千歳川を利用して5つの発電所を建設し、その電力で苫小牧に巨大なパルプ工場を建設しました。周囲に森林資源は豊富にあり電源も確保でき、日露戦争後の新聞紙需要拡大期でもあったため、苫小牧工場は飛躍的に発展し、また苫小牧市の発展にも大きく貢献しました。

14. 支笏湖周辺古木の「二重根」


 支笏湖に来たら必ず「支笏湖ビジターセンター」を訪れましょう。特筆すべきは、ここに展示されている「二重根」です。頻繁な樽前山噴火による火山灰で植物が枯渇する中、逞しく生き延びた古大木は深く根を張り、堆積した火山灰に栄養分がなくてもその下の土壌から養分を吸い上げて逞しく生き延びてきたのです。これは2004年9月の台風18号により、支笏湖周辺の美しい白樺林は根こそぎ倒木して全滅した時も、「二重根」の古木はびくともせず力強い生命力を証明しました。

私はのちに、出光勤務最後のミッションとして人事部主催「退職前の社員研修=50歳代研修:エバーフレッシュセミナー」を全46回約600人対象に行いました。そのとき受講生に「二重根の支笏湖の古木のようにしっかりと根を張り、生涯現役で活躍しよう!」と紹介しました。

 30歳前後から『24時間思考を停止するな!』 と追いまくられてきた出光での仕事人生でした。53歳のころ石油備蓄基地勤務となり、初めて週末に行楽に出かけられるようになり、紅葉の季節は必ず支笏湖に出かけました。『こういうのが豊かな人生だよな!』と、つくづく思いました。そのまま定年まで6年間、この大自然の中で人間らしい生活を送るはずでした、が・・

 僅か3年で本社製造部に呼び戻され、人員削減策で5年間停止していた大量採用の再開、「団塊の世代の補充で年200人×10年間採用再開」を企画推進することになりました。ところが、いくら社長説明資料を作っても、部長が全く動かず格闘地獄の日々が始まりました。当時会社経営再建ができたばかりで、経営コストの最たる「大量採用・人件費高騰は経営トップの逆鱗に触れる」と、放置するに如かずの保身を決め込んでいたのです。目前に団塊世代退職を控えながら全く動かない部長を許せず私は早期退職届を出しました。

 ところが人事部で退職届が留まり、当時の人事部次長から「50歳代研修=60歳退職希望80%を、65歳勤務延長80%に意識転換させる」という重要ミッションを与えられました。そして4年間で46回、のべ600人の意識改革研修を行い、人事部次長から与えられた使命通り「65歳勤務延長者80%を達成」しました。いまでは70歳を超えても現役で働いている猛者も多数います。

 出光佐三氏が対外的には「出光には定年制がない」と公言していましたが、現実は60歳定年制が厳然として存在し、「依願退職」という形式でお茶を濁していました。私は出光佐三店主の「働けけなくなった時に自ら歯車から外れる=実質的な定年制撤廃」という理想実現の役割を与えてくれた人部次長(現会長)に、いまも心から感謝しています。

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