2024年10月4日金曜日

4. 拉致を最重要視した安倍元首相

偉大な安倍さんの生涯が頭から離れません。その生き様のうち一番心に残るのは『拉致解放へ命を懸けて取組んだ政治姿勢』です。子供のなかった安倍夫婦ですが、恐らく国民全員が安倍さんの可愛い子供・家族だったのだと思います。

私達は 「自分の家族が拉致され 45年間放置されて安閑とできるでしょうか?」 また暴漢に殺されそうになった時「私は平和主義だから死んでも反撃しない。」  恋人や妻や娘が強姦されても「私は暴力否定主義だから傍観する。」 で済ませるでしょうか?・・そのあってはならない事が7月8日に起きました。世界が期待する大政治家が白昼堂々と大衆の面前で射殺されたのです。その人は40数年間拉致された数百人ともいわれる被害者たちを取り戻そうと世界に働きかけ、必死で活動されてきた唯一の政治家でした。

「日本は世界一平和で安心国家」と思ってきた戦後77年間、そのじつ最も危険な国でテロ・スパイ活動はやりたい放題・・最重要 政治家をテロ殺人から守れず、国内で何百人もが拉致されても気付かず関心もなく、国外に理不尽に監禁拘束された国民を救出しようともしない・・・およそ主権国家とは言えない「世界一危険で情けない国家であることが露呈しました。

この拉致事件を安倍さんに相談されたトランプ大統領は 『何故40年間も放置しているんだ!』 と絶句して協力を約束しました。・・一方私達国民は北朝鮮の国家テロである拉致を放置し、国権不在の元凶=諸悪根源の憲法9条を変えようともしない・・近隣の獰猛な覇権国家は必ず 「日本は脆弱!」 と舐め切って攻勢を強めることでしょう。

【拉致被害の経緯と安倍さんの対応】

1977年11月午後6時半ごろ、バドミントン部の練習を終えた13歳の横田めぐみさんは下校途中友人2人と別れた後、自宅から200mの街中で忽然と消息を絶ちました。

父滋さんは未明までめぐみさんを探し回りました。校舎のトイレを全部開けて探し、翌日も翌々日も、下校路も小道も海辺も探し回りましたが、何の痕跡も見つからず最後はしゃがんで哭きました。

そんな日々が10年続いた1988年、大韓機爆破事件の工作員・金賢姫をバーレーンで日本大使館員が捕まえた時、「拉致された日本女性に日本語教育を受けた」 と語りました。せっかく拉致事件の端緒が分かりかけたのに、航空機を爆破された韓国から金賢姫の身柄を要求された日本政府は簡単に引渡してしまいました。日本は戦前、貧困で未開の朝鮮に国費を35年間つぎ込んで、教育や医療やインフラを整備し、日本国内同等の文化生活ができるようにしました。

しかし戦後彼らは感謝もなく、「逆にひどい事をされた」 と絡んできて、カネや援助を際限なく要求してきました。金賢姫の身柄要求もそのひとつでした。しかし韓国に身柄引き渡し後、彼らが日本人拉致情報を出すことは全くありませんでした。金賢姫の身柄引渡しは、拉致問題解決の糸口を失った痛恨のミスでした。 それでも横田夫妻には小さい希望の灯に見えました。 

追いかけるように英国留学中に失踪した有本恵子さんの親元に「北朝鮮に囚われ中」という私信が届きました。北朝鮮による日本人拉致を証明する最初の物証でした。早速外務省に救出相談に行ったところ 「日朝交渉に障るから」と、調査どころか逆に両親に固く口止めして追い返しました。・・やむを得ず藁をもすがりたい両親は、社会党の土井たか子事務所を訪ねました。これは結果から見れば大失敗で、土井たか子は外務省と全く同じ対応で口外を禁じ、すぐ北朝鮮の出先機関である朝鮮総連に報告しました。・・北朝鮮の極秘事項を暴露した恵子さんと夫と子供の3人は、その2か月後不審な死を遂げました。

役所も政治家も誰も相手にしようとしない・・。そんな中、恵子さんの両親の言葉に耳を傾け、解決を約束した人がいました。「それが、当時父晋太郎外相秘書の安倍晋三さんだった」 と横田早紀江さんは亡き元首相を悼んで産経新聞に寄稿しています。

有本恵子さん死後から10年の1987年、めぐみさんの消息が俄かに出てきました。北朝鮮の工作員から「13歳の少女の拉致」の証言があり、脱北者からもめぐみさんの目撃談が語られました。しかし社会党議員の田英夫や埼玉大の吉田康彦教授らが「韓国の捏造だ」と否定しました。「北朝鮮が拉致などするわけがない」という日本の進歩的文化人たちに共通の反応でした。 

拉致は外交分野でも無視されました。それを象徴したのが外務省アジア局の阿南惟茂局長と外務省担当記者の懇親会です。 朝日新聞の記者「拉致疑惑は証拠もないのに盛り上がっている」 と口上します。(モリカケのとき証拠もないのに盛上がり、忖度騒ぎを引き起こしたのは誰か?)朝日の誘導に乗って外務省阿南局長も証拠がない。疑惑では動けない」と頷きます。そう誘導した朝日は社説で「拉致疑惑が日朝正常化交渉の障害になっている」と書き立てますこの人達は、拉致された生命が危機に晒されている国民の命などどうでもよいのでしょうか・・「外務省や新聞社は何のために存在するのか? その購読者は何を見ているのか?」 と腹立たしく思います。

阿南の次の外務省アジア局の植田邦彦局長もそれを真似て自民外交部会の席上、「たった10人の拉致疑惑で日朝正常化交渉が止まっていいのか!(朝日と同じ主張だ。何が悪い)」という始末です 

北朝鮮は、朝日新聞が日本の世論を丸め込んだと見たのか、2002年9月小泉首相を招いた日朝首脳会談で、日本人拉致を認めて謝罪しました。「そう認めたら日本はニコニコして1兆円を渡す」 と外務省が保証していました。(実際に小泉政権下で朝鮮総連銀行破綻に伴い1兆500億円の公的資金がつぎ込まれました。

しかし随行していた安倍官房副長官は盗聴を承知で「拉致被害者の帰国がなければ決裂しかない!」と小泉首相にアドバイスしました。これに慌てた金正日総書記は、「5人の一時帰国を認める。めぐみさんら残り8人は死亡した」 と告げました。・・これで手を打とうとした小泉首相と外務省でしたが、安倍さんにとってはむしろこれからが勝負でした。

帰国した安倍さんは横田夫婦に、「めぐみさんが死亡した証拠はない」と強い眼差しで北朝鮮の虚構を明かしたそうです。事実、北朝鮮が「めぐみさんの骨」と渡した骨片は、DNA鑑定の結果「全く別人の、それも複数人のもの」であることが判明しました。元々朝鮮半島には火葬の習慣はなく、勉強家の安倍さんにとっては予想通りの虚偽・偽装結果でした。


一旦帰国した5人も、小泉首相や外務省北東アジア課の田中均課長らが「北朝鮮との約束だから北へ送り返す」 というのを安倍官房副長官は「拉致被害者を再び犯罪国家に引渡すのは人道に反する。外交交渉の人質にはさせない」と、断固やめさせ、翌年にはその子供たち家族も日本に取り戻しました。・・北朝鮮は1円も手にできませんでした。

丸腰の日本が、悪辣な国に対して堂々と交渉できることを安倍元首相は示しました。(比べて、誣告と捏造で日本を貶め、姑息に生きる朝日・毎日・東京新聞の醜さが妙に目につきます。「この醜悪な新聞、その流れを組むTVは日本にとって百害あって一利なし」と全国民が一日も早く気づき、廃刊・消滅させて欲しいものです。)

ー 週刊新潮 22.7.28号 高山正之:「変見自在」 より引用 ー


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